クーデターな夜
軍の仲介による話し合いでも解決の目処が立たず、陸海空軍などでつくる評議会が国家の全権を掌握した。
憲法は一時停止され、夜間外出禁止令も出された。
この時、僕は政府機関が集中するチャーン・ワタナ近辺のインパクトという国際展示場でとある展示会を訪れていた。
会場では、このクーデターのことは一切放送されず、インパクト内もその周辺も至って平穏な時間が流れていた。政府機関が近いため、一部の道路が封鎖されたらしく、インパクト会場周辺にタクシーがほとんど入ってこない点を除いては、非常事態を伝えるものは何一つなかった。
徒歩とモトサイで、なんとかタクシーが走る道路に出ることが出来、タクシーで帰途すると、午後6時の時点で、既に僕のオフィスのある町の大通りにも軍隊が展開しており、軍隊の機動力の速さに感心した。
数百メートル毎に、軍の車両が道路を向いて止まっており、その車両の上には機関銃が見えていた。兵士たちも、ほぼ全員銃を携帯していた。
しかし、その光景よりも驚かされたのは、軍車両のすぐ脇に、普段と同じようにバスを待つ人々や露店で夕食を食べる庶民がいたことだ。彼らが軍隊を恐れる様子は全くない。軍隊も市民を威嚇することは全くなく、機関銃も夕日に晒された飾りのように見える。軍の出動で、市民はむしろ安心しているかのようにも見えた。
実際問題、タイは内戦になる危険性が増大していた。
政府側と反政府側の戦いは階級闘争であって、もともと話し合いで合意が得られる見通しはなかった。追い込まれた赤シャツ(UDD)の過激化が目につくようになり、国を二分する内戦に発展するのではないかと心配していた。もし、そんなことになったら、この国が負うダメージは計り知れない。
今回のクーデターは、とりあえずその危険性を排除したとも言える。
誰が勝者で誰が敗者か? それは僕にはまだ分からない。
タクシン政権が崩壊させられたのだらから、タクシン派が敗者のようにも見える。しかし、軍隊は政府支援グループのデモも反政府グループのデモも同時に解散させようとしているようだし、反政府側の代表であるステープも身柄を拘束されている模様だ。
国家治安維持評議会が全権を掌握したと言っても、軍隊と警察からなる彼らに政治支配の能力があるとは思えない。彼らも、戒厳令を出した時から、目的は治安の回復であり、この状態が長期に及ぶことはないと表明しているし、行政に携わるものは速やかに平常業務に付くようにとさえ要請している。長期の政治支配の気は無いように思われる点で、他国で起こるクーデターとは様相が異なる。
さらに重要なのは、タイ国軍にはアメリカや日本から民主主義を傷つけるようなことはするなと釘を刺されており、やれることと言ったら、暫定政権を作って早期に選挙を行い、文民統制を図る以外に道はないように思える。
現政権を崩壊させ暫定政権を作るという点は、反政府側の主張が通った形となり、反政府側が勝者であるようにも見えるが、果たしてそうだろうか?
政治を改革して、選挙制度を多少いじったとしても、選挙をすればタクシン派が勝利するのは確実なのだ。
こういう大きな歴史の波は、一部の権力者や既得権者がどう頑張ってみても変えられるものではない。
タイの国民の多くは大人しく静観しているが、概ねそのことを理解しているように見える。だから、タクシン派の人たちでさせ、今回のクーデターを歓迎する人が多い。
戒厳令とかクーデターという言葉から受ける印象だけでは、決して真実は理解できないことを痛感させられた。
ただ、憲法も無効となり、何をするにも法的根拠を要しない状態になったわけで、明日何が起こってどうなるのか全く予想がつかない。
ちなみに、僕は明日ワークパーミットを貰える予定であったが、明日行政機関が稼働しているのかどうかさえ分からないのだ。
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Topic : タイ・バンコク
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