生贄を捧げた日
モン族には、昔の日本と同じような精霊信仰が根強く残っている。
大きな木や、土地や川にはそれぞれの精霊が宿っていて、彼らを怒らせないように気を使って暮らしている。
例えば、お酒やビール飲む時は、まず初めに少量のお酒を土にこぼす。それから自分が飲む。こうすることで、土地の精霊に真っ先にお酒を飲ませ、焼き餅を起こさせないようにする。
人生の重要な節目には、豚や鶏を大地に捧げる。
いちご園が終了する際に必ずやらなくてはいけないのが、土地の精霊に豊穣の感謝と来季の恵みを祈願する為に、豚の生贄を捧げることだ。これを怠ると、来季は災いが起きて大地の恵みは頂けないことになる。
そこで、今日カオヤイ農園にて、豚を捧げた。
生贄の豚ちゃんは、35kg級を3500バーツで農家から買ってきた。安いと思う。そのくらいの子供の豚ちゃんは、肉が柔らかくて美味い。体長1メートル位。
大規模養豚場ではなくて、庭で10~20頭位飼っている農家から直接仕入れる。糞尿にまみれて、余り衛生状態は良くないように見えるが、自然食の餌で健康そうな豚だ。肉は全く臭くない。
手足と口を縛ってから、首元から太刀を入れて心臓をさす。
そこから勢い良く流れ出る鮮血こそ、土地の精霊に授ける最も大切なもの。今回は、僕がその鮮血をステンレスのボールに受けた。
刺された豚は口から鮮血を勢いよく吐いたが、1分程で絶命した。
赤いゴミムシかハンミョウ、そしてハエが直ぐに集まって来る。
後で全身を開いた際に分かったことだが、思った通り、太刀は胸部大動脈と気道を切っていたが、心臓は無傷だった。もう少し深く刺さないと駄目だ。ただ、大動脈を切られて脳への血流がなくなるので、結果同程度の時間で絶命する。
この日のために、子供を含めて25名が集まった。
子供好きなマシュマロちゃんは、人の子供を取り上げておんぶ。
男は僕を含めて8名。僕以外の男達は、手際よく豚の体毛と皮膚を焼き、真皮を削ってから解体した。肺から直腸迄、全く内蔵を傷つけずに一気に取り出した。
肉を区分けして刻む者、内蔵を洗って食べられるようにする者、火を起こして肉を焼く者、見ていてビールを飲むだけの者(僕)など、誰の指示もないのに分業作業は捗る。
マシュマロちゃんの兄が僕に、この豚でどんな料理が食べたいか聞いてきたので、僕は大好物のラープと答えた。
モン族特有の生肉、生血料理で、一見危なそうだが、危なくなく実に美味なのだ。
使うのは、赤身、屠殺した時に受けた鮮血、30種類以上のハーブ、塩、味の素。それを良く混ぜて、茹でた肝臓や肉を加える。
赤身に鮮血を加え、徹底的にミンチにしてこねる。
ハーブや具を加えて出来上がり!
血も滴る美味しさ。野菜の葉の上に、適量を載せて、巻いて食らうのがスタイル。
全く血生臭くない。脂臭くもない。最高の味。豚を解体したその日じゃないと食べられない貴重な料理。日本は一日寝かせた肉しか食肉市場から出せないので、日本じゃ食べられない。
これを食べたことのある日本人は少ないのではないか。
尚、上は僕用に唐辛子を少な目にしたもの。1kg位僕用に取ってから、残りは皆さん用に唐辛子をたっぷり加えた。
彼らは、内蔵等、寄生虫の危険性がある部分は必ず火を通して食べる。だから、肝臓の刺身は食べない。
朝9時半に殺して、10時から、3時迄宴会。
連日の雷雨で、すっかり新緑になった裏山。