ルルとナナ
ちょっと専門的な話になるが、通称クリスパー·キャス9(CRISPR-CAS9)と言う、DNAの特定の位置にピンポイントで遺伝子の挿入、改変、修復、除去が出来るツールがある。
僅か6,7年前に発見された知見、ツールだが、急速に普及して、今では生化学の学生実験レベルでも普通に使われる。
この技術の凄いところは、特定の位置に「ピンポイント」で高効率に遺伝子改変が出来るとされるところで、多くの病気モデルの作製や薬効ターゲットの検証などに有用である。
この技術を生殖細胞に使うと、多くの遺伝病の治療や、スーパーヒューマンの創生が可能になるということで、非常に期待されてるいる訳だが、未だ充分に安全性が確かめられていないため、改変した生殖細胞から個体を発生させることは倫理的に問題があるということで学会で禁止されている。
ところが、数カ月前、なんでもありの中国で、エイズウイルスに感染した父親と未感染の母親の間で出来た受精卵にこの技術を使い、エイズにならないように遺伝子改変した二人の子供、ルルとナナを誕生させたことから、世界中から批判を浴びた。
安全性が確認されていないから倫理的に問題だと言う論調の他に、神や自然に対する冒涜という宗教的な論調と、人の性格、能力の人為的改変に対する恐怖などが批判の根底にあったと思う。
これに関して、数ヶ月前にネイチャーバイオテクノロジーという有名科学誌に驚くべき論文が発表された。
それによると、CRISPR-CAS9による遺伝子改変によって、「予想外の」遺伝子変異が「予想以上に広範囲」で「高頻度」に起きていて、ターゲット以外の遺伝子の欠失や挿入を含む「大規模な」遺伝子再配列が確認された。
こうした変化は、従来の方法では検出されないことも分かった。
つまり、この技術がDNAに及ぼす変化を、これまで著しく低く見積っていたことが分かり、決して「ピンポイント」とは言えないことが判明した訳だ。
そこで浮上するのが、安全性への懸念であることは言うまでもない。
僕が現役の頃、理研の林崎先生が、頻度の差こそあれ、DNAの全域がRNAに転写され、そのRNAの多くが何がしかの機能を持っていることが示され、僕は学会会場で鳥肌が立った。
教科書を書き換える知見であって、ダイナミックな遺伝子の活動はまだまだ人知の及ぶ所ではないと思い知った。
今回のCRISPR-CAS9による大規模な遺伝子変化の報告からも、それに似たショックを受けた。
幸い、ルルちゃんとナナちゃんは、その後も元気に育っているようだが、隠れた危険は否定出来ない。
中国のことだから、隠れてスーパーヒューマンの創生も行われているかも知れない。