災難
クワンシーフードで食事を終え、アヌサワリー駅までランナム通りを歩いていると、突然
「アーっ!」と言う人の声が聞こえた。
後ろを振り返ると、僕の後ろ3メートルの歩道を歩いているはずのマシュマロちゃんが、車道の真ん中に転がっていた。
一瞬、マシュマロちゃんが車に轢かれたと思って青ざめた。
「何があったんだ?!」
彼女は直ぐに起き上がり、「泥棒!」と言った。
ひったくりだった。
見ると前方に二人乗りのオートバイが2台走り去って行くのが見えた。
僕はマシュマロちゃんの容態を見る前に、走り去って行くオートバイの方を見たが、既にナンバープレートは読めず。走って追い掛けるのは無理な距離になっていた。
飴色の革のバッグを後ろから来たオートバイ男に引ったくられたらしい。そのバッグはベルトのように腰に巻いて使う物だが、男性用で三段腹化した彼女のウエストでも大き過ぎたので、肩からたすき掛けにして使っていた。
彼女はバッグを奪われまいと抵抗したが、引きずられて車道に転倒し、たすき掛けにしていたバッグは首から抜けて奪われてしまった。
どうやら怪我の方は大したことないようだ。
オートバイは直ぐに見えなくなり、もうバッグは戻って来ないと諦めざるを得なかった。
僕はバッグに入れていた車のキーを失ったことが、一番厄介な問題になるだろうと予感した。
ひったくりの現場はここ。
防犯カメラが見える。
引ったくられたのは、カーボーイフェスでマシュマロちゃんの為に買ったこのバッグ
引ったくられた時、僕達5名の他、多くの人がランナム通りを歩いていた。車の通行も多く、決して暗い夜道ではなかった。現場の前の店には何人かの客や従業員が立っていて、事件直後の様子も見ていたが、犯人特定に繋がるような情報は得られなかった。
僕はその時、友人と話しながら並んで歩いていたので、マシュマロちゃんは最後尾を一人スマフォをいじりながら歩いていた。
しっかり彼女の横を歩くべきだった。
まさか人通りの多いここでひったくり事件が起こり、その被害者がマシュマロちゃんになろうとは夢にも思わなかった。
唯一の希望は、現場から僅か数メートルしか離れていないところに設置されていた防犯カメラが犯人逮捕に結びつく映像を捉えているかどうかだった。
警察を呼んでもらった。友人の奥さんがタイ人だったので、タイ語で事件当時の状況を説明してくれた。こんな時、日本人だけでは、ろくな対応も出来なかっただろう。
警察は呼んでから15分も経ってから、パトカーじゃなくてオートバイで二人来た。やや遅れてもう一台のオートバイに乗ったTシャツ姿のおっさん風警官2名も来た。
タバコを吸いながら愛想よく話を聞いてくれたが、赤い警告灯をクルクル回したパトカーが集まり、制服でバッチリ固めた渋くて強そうな警察官をイメージしていたので、イマイチ頼りない感じがしたのは歪めない。
実際、駆け付けた警官がしてくれたことは、
「警察署に行って、被害届を出してください。」だけだった。
警察署にはInvestigation Operation Officeがあって、早速事故現場のVideoをチェックしてもらった。
タイ警察に防犯カメラシステムと専門部隊があるだけでも驚き。
これが事件時の映像。複数のカメラが僕達や犯人とおぼしきオートバイを捉えていたが、カメラの解像度が悪く、しかも暗くてヘッドライトの明かりで滲んで、ナンバーや顔等は確認出来なかった。せっかくのシステムだが中途半端だ。
現場の近くのカメラは管轄が違う上、電気工事の関係で作動していなかったのが残念だった。赤の☓印は未作動の印。☓ばっかりじゃん!
被害届の為に奪われた物を整理してみた。
現金 3000~4000バーツ
ID カード
銀行ATMカード4枚
運転免許証
トヨタヤリスのスマートキー2個
カオヤイの部屋の鍵
ホテルの部屋のカードキー(紛失料500バーツ)
普段使いの化粧品類
電気代未払い請求書、各種領収書
車のローンカード(これでコンビニで支払える)
バッテリータンク(モバイル予備電池900バーツ相当)
本皮のバッグ本体(2000バーツ相当)
友人がわざわざ日本から買って持ってきてくれた日本茶6袋(バッグに括り付けていたのでバッグと共に奪われた。)
盗難を免れたのは、使用中だったスマフォと普段はバックの中なのにこのときはたまたま身に着けていた誕生日プレゼントの腕時計。
現金が沢山入っている口座のATMカードは、引ったくられて数分後、警察が来る前に、マシュマロちゃんが自分で電話して無効化した。偉い!
盗まれた物の中で一番厄介だったのは、予想通り車のスマートキー。イモビライザー付のやつ。
鍵を差さなくてもボタン一発でエンジンがかかって、なんとなくスマート。車の盗難防止には威力を発揮するが、そのキーを盗まれたときの威力も破滅的だ。なにしろ、タイでは誰も手も足も出せない。街の鍵屋もお手上げ。あれがないとエンジン始動はおろか、ハンドル操作もギヤチェンジも出来ない。なので、動かせない。
車はホテルの駐車場に停めていた。
このままでは勿論帰れないが、もう深夜になっていたので、その夜は予定通りホテルに泊まった。
しかし、ホテル名の記されたルームキーも盗られている。犯人がホテルに来て、盗んだキー使って車まで奪われやしないかと心配になった。キーを奪われた以上、車を奪われないようにする実効的な手段は何も思いつかなかった。
もっと言えば、部屋のキーを開けられて強盗に入られることだって絶対ないとは言えず、恐ろしくなって良く眠れなかった。
一応ホテル側には事情を説明し、不審者を入れないことや車を出させないように頼んだ。
翌朝、車の保険屋に来てもらい状況を説明。通常、盗難の場合にはキーに関しては保険適応になるらしいが、それは契約内容にも依る。
ともかく、ホテルに停めておくことは出来ない。
結局、レッカー車を呼んでトヨタカオヤイ迄運んで貰うしかなかった。保険屋が手配したので保険適応だと思ったら、7,000バーツの費用の半分3,500バーツは自己負担だと言われた。
レッカー車は来たが、ドアは開けられず、街の鍵屋を呼んだ。イモビライザー付きのスマートキーでもドアには鍵穴があり、鍵屋はそこに2本の小さな針金の様な道具を差し込んで3分でドアを開けた。プロにかかれば鍵が如何に頼りないものか見せつけられた。
ドアを開けると、耳をつんざくような盗難警告のクラクションが鳴り出し、それを止めるにはバッテリーの電極を外すしかなかった。
それ以上は鍵屋でも何も出来ない。鍵明けは750バーツで、これも自己負担となった。
レッカー車は来て、ドアは開き、ギヤをどうやったか知らないがニュートラルに入れることは出来たが、一階にある駐車場の屋根は低く、レッカー車に車を載せられない。そこで、もっと小さなフォークリフトみたいな車を呼んで、なんとかレッカー車に載せることができた。午後二時半になっていた。
ナンバーは消してある
僕はこのレッカー車に乗って、一緒にトヨタカオヤイに戻った。トヨタカオヤイには住込み労働者にオートバイで迎えに来て貰ったので、意外と楽に自分の家に戻ることができた。
マシュマロちゃんは、警察にもう一度行く用事があって、バンコクで泊まった。
イモビライザー付きのスマートキーは、ディーラーで作ると1つ4,200バーツだが、盗難の際には車体側にあるシステムも交換しないと危険だ。その経費は40,000バーツ。どうか保険適応となって欲しい。
時間も問題で、そのスマートキーは日本製で新品を取り寄せるのに2~3週間かかるという説と、3日で交換出来ると言う説があって、現時点で定かでない。
なお、障害保険等には入っていないので(普通タイ人は入っていない)、車のキー以外の損害については何の保障もない。万が一、犯人が捕まっても、奪われた物が帰ってくる訳ないので、全て盗られ損である。
不幸にも、ちょうど今いすゞD-Max号が修理中で手元にないので、車無し状態。仕事にも行けない。
今日は朝から雨。気疲れで肩こりもあるので、仕事は休みにした。
まだIDカードとATMカードと運転免許証の作り直しという作業も残っている。
これらの経費と時間の無駄を考えると、ひったく事件の被害は甚大だ。
犯人はきっと仕事もせず麻薬欲しさにやったのだろうが、罪が重いことを認識して欲しいものだ。
それにしても、マシュマロちゃんの身体に大事が無くて良かった。バットで頭を殴られていたり、車道に倒れた時に後続の車にはねられでもしていたらと思うと、小さな怪我で済んだのは不幸中の幸いだった。
治安が悪い社会に住むのはストレスだと改めて感じた。