カオヤイの新いちご園の名前は、もう決まっている。
土地の賃貸契約の条件として予め決められていた。その名も、ライ⚫パイディン⚫トーン。黄金の土地の畑と言う意味。
ライ⚫パイディン⚫トーンは、オーナーがパクチョン市の郊外に持っている農園の名前であって、新いちご園にもその名前の看板が建てられていた。
当初、マシュマロちゃんは、この条件に猛烈に抵抗した。
ワンナムキアオにある僕達のイチゴ園であるファーサイの名前を使いたかったからだ。
幾らいちご園を宣伝しても、自分達の名前にならないのは嫌だという理由だった。これには僕も全く同感だったが、取引というものは引き下がるべきは引き下り、取るべきは取るというのが肝である。
ファーサイの名前が使えないのは悲しいが、ファーサイという名前はまだそれ程有名になっているわけではない。一方、パイディントーンという名前は、少なくとも地元ではそれなりに有名。畑工事や観光いちご園の経営で発生するだろう諸々の問題に対して、この名前は有利に働く。
それにパクチョンのパイディントーンで採れたブドウ等のフルーツも売るので、パイディントーンという名前自体は不自然ではない。黄金の土地という意味も語感も悪いものではない。
それに、もしも僕達のいちご園が成功して、パイディントーンの名前が少しでも有名になれば、オーナーにとってメリットが大きいので、将来の協業にとってプラスに働くだろうという目算があった。
そういう訳で、僕達はライ⚫パイディン⚫トーンという名前を使うことに合意したのだった。
もう一つ、大きな条件がある。それは、パクチョンにあるオーナーのライ⚫パイディントーンにあるいちご園の栽培技術向上に貢献すること。具体的には週一度の技術指導というのがある。
僕らから見て、彼のいちご園栽培はあまり良く出来ていない。
いくらでも変えられるし、変える費用は向こう持ちなので、意見を言うだけで良い。
僕は、この条件を日本のイチゴ品種の選択と栽培方法の模索に使うことにした。日本の四季成りいちごが欲しいオーナーと利害が一致している。既に数種の日本株を持ってきているので、彼のお金を使っていろいろ試してみたい思っている。
昨日、技術指導の手始めとして、先ずは農園の全容を把握しないといけないので視察に行ってきた。
彼の農園はパクチョンの郊外にあって、約200ライある。つまり32万平方メートル。
今までにブドウ畑と、そこに併設のいちご園は見たことがあったが、その奥は行ったことがなかった。
「全部見せて下さい。この奥の土地もあなたの畑ですか?」
そう言ったら、
「いいよ。歩いては行けないので車に乗ってくれ」と言われ、車でライ⚫パイディン⚫トーンを案内してもらった。
僕は始めフルーツの木がたくさん植わっている山林だろうと思っていたが、全く違っていた。
そこには、広大でモダンな豪邸が30軒も散在して建っていた。
全部、オーナーの親族か友人のものだという。各家の建築はタイとは思えないモダンな物で、広さといい洗練されたデザインといい日本では見たことがないものばかりだった。マシュマロちゃんは見惚れるばかり。写真は憚られたが、とにかく凄かった。
それで、肝心の農園の方はと言えば、豪邸と豪邸の間のあまり広くもない畑に雑多なフルーツの木が植えてあるといった感じ。フルーツ一種類当りの木の数も多くはなく、しかもどれもまだ若い木で、いったい何時いくら位フルーツで稼げるのか疑問に感じてしまった。
どうもお金は余っていて、趣味でフルーツ栽培をやっているという感じだ。仮にすべてのフルーツが最高の状態で成ったとしても、大した収入源にはなりそうもなかった。
標高500メートルのそこは、親類とフルーツに囲まれた彼のユートピアなんだろう。
「金持ちは、どうしてこんなにお金があるの? 彼のフルーツ農園は職業と言うより趣味ね。」とマシュマロちゃんは言った。
その後、諸々の手続きのために、彼の息子のホテルに言って少し話した。
カオヤイのいちご園の土地には、外国人向けのインターナショナルスクールを建設する話があったが、このところの不景気で、まだ5年は延期しそうだという。
「今年、いちご園をきれいにやってくれたら、来年は3年か4年契約にしてあげよう。」
とオーナー夫婦は言った。
お金があれば、いくらでもきれいに出来るが、お金を使わないできれいにするのは簡単ではない。僕達にはお金はないので、工夫とDIYで頑張るしかない。