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頭でっかち

胃と食道が繋がってなかった住込みワーカーの子供TJ。

1歳半になるのに、体重が6.5kgから増えない。

手足も筋肉がなくて、細ほそで力ない。まだ立つことも出来ない。

身体は成長しないが、頭が大きくなった。

大き過ぎる気がする。

食べ物の好き嫌いがとても多く、母親は苦労する。なけなしのお金で離乳食やお菓子を買っても、半分は一口も食べないとのこと。牛乳も育児ミルクも飲まない。

写真のように手足に筋肉がほとんどない。

その割に頭のサイズが大きい。多分大き過ぎて何かの問題があると思うが、僕には分からない。

自閉症になる子供は、始め頭が大きくなるそうだが、彼は人の目を良く見るし、人見知りも激しいので、多分自閉症じゃない。

まだ言葉は話さないが、こちらの会話は少し分かるようだし、気に入る事と気に入らない事を彼なりにはっきりして主張するので、お馬鹿ではなさそうだ。

何から何まで普通の健康な子供と違っていて、親はとても苦労するが、それでも我が子を心底愛しているようだ。

それが当たり前なのかも知れないが、他人の僕から見ると不思議でもある。

栄養補給の為に、マシュマロちゃんにクッキーを焼いてもらって持って行った。

まだ喉は細いが、唾液で解けて柔らかくなるお菓子は自分で握って口に持って行き食べられる。

摂食可能になるも成長せず

胃と食道が繋がってなかった住込みワーカーの息子は1歳半になった。

胃と食道を繋げる手術を10ヶ月前に行い、その後数カ月も胃瘻でミルクを入れるだけだったが、今年1月に胃瘻は塞ぎ、口からの食事が出来るようになった。

ずいぶん時間が掛かったが、大きな一歩である。

口からミルクや離乳食が食べられるようになれば、急速に体力がついて大きく成長し出すと思っていた。

しかし、この子は大きくならなかった。

胃と食道を繋げる手術をしてから、全く体重が増えてない。

現在1歳半のところ、6.5kg。

手足は骨川筋右衛門で未だに立てない。

しかし、頭は大きくなって、人見知りもする。

食べたいものがあると、掴んでそれをお母さんの口に持ってゆく。お母さんに噛んで柔らかくしてもらって自分の口に入れて欲しいからだ。

マシュマロちゃんに抱かれたTJ.

その子は名前(あだ名)をTJ(ティージェー)と言う。どうしてTJと言うのかは知らない。

好き嫌いが激しく、人工乳、牛乳は大嫌いで飲まない。

おじや、イチゴ、マンゴー、ピーナッツ、カボチャの実は大好き。

ヨーグルト、市販の離乳食は食べる時と食べない時がある。

胃が小さく、食堂も細いので、一回に沢山食べられない(沢山食べる時と吐いてしまう)。

けれども、一日に何度も何度も食べる。

下痢はそうない。

それなのに体重が増えてないのだ。

余りに増えないので、僕はデジタル体重計を買い与え、ノートとボールペンも買って、毎日体重測定して記録するように指導した。

デジタル体重計まで買ってあげたのに、少しも体重を測ろうとしないので、僕はお母さんに激しく怒った。

「これはとっても大切なことだから、絶対にサボるな。今度病院に行くときに小児科の先生に見せないといけない。今度サボったら、体重計のお金は返してもらうからな!」

そう言ったら、やっと測るようになった。やっぱ、お金取られるのは嫌みたいだ。

それを見ると、毎日の変動が激しく、重い日は7.1Kg、軽い日は6.3kgで、この一週間は6.5㎏前後をうろうろしている。

「どうも変だ。このままじゃ生きられないかも。」とマシュマロちゃんに言うと、

「そういうこと言っちゃだめ。私なんか2歳の時に8㎏しか無くて、妹より小さかったんだけど、ちょこちょこ良く走って元気だったし、未だにチビだけどちゃんと成長した。」と言う。

マシュマロちゃんは、大学を卒業して僕と付き合うようになってからは、目出度く更に10㎏肥った。

だから、この子もそのうち大きく成長するという訳か?

住込みワーカーの家族は、今もカオヤイ農園に住んでいて、このまま来期も働きたいのだそうだ。

そうであるなら、無事に育ってくれなきゃ困る。

来期はお店周辺を走り回っているだろうか?

取り敢えず退院

チュラロンコーン大学で食堂と胃を繋げる手術を受けた住込みワーカーの子供が、術後始めて取り敢えず退院した。

取り敢えずと言うのは、未だ余り良くなっていないが何もせずに入院してても仕方がないから退院したという感じ。

食堂と胃は繋がったものの、未だミルクすら口から飲めない。飲めないと言うより、医師からそうさせてもらえてない。相変わらず、胃瘻からの注入のみ。

体重も一年になるのに、僅か7㎏。手術して半年経つのに、手術数ヶ月前の体重から、1kgしか増えていない。

しかし、子供は余り病気もせず、機嫌も良いので退院する運びとなった。

退院してみると、今のところ母親も子供も上機嫌で、院内に閉じ籠っているよりも生き生きして見える。

砂埃や蚊やチンチョー(ヤモリ)の糞等で感染症を起こしやしないかが心配だが、院内だってやばい病原菌がいっぱいいるので、それよりも安心なのかも知れない。

母親は、元々デブだったが、病院でゴロゴロしているだけだったので、何と90キロ超えになってしまった。これで、ますます働けなくなったと思ったら、今日は短時間ながら早速働き出していたので驚いた。

この乳房一房10kgの女性が、そのお母さん。

入院なんかしているより幸せそうな家族。

チュラロンコーン大学の医師は、ワンナムキアオの住込み用掘っ立て小屋が不衛生過ぎて、胃のない胎児が住むには適さないと心配していたが、勘違いして貰ったら困るのは、僕らが彼らのために用意した掘っ立て小屋は立派で衛生的なのに、そこに住む住込みワーカーの生活習慣が不衛生なんだということ。

例えば、食べ残ったご飯は、そこら辺の木の麓に投げ捨てる。そのために、害虫が集まってくる。

扇風機は元々僕の所有の立派な高級品を泥だらけにして使っていて、ホコリまみれのファンを二年間一度も洗ってないのだ。洗えと10回以上注意したにも関わらず。

布団を干したのも見たことない。

子供をあやしたりする時に手も洗わない。

衛生観念や習慣は教育の賜物なので、頭や性格が良くても無教養な人達は持ち合わせていない。

今は、胃から逆流したものが肺に入る可能性が出て来た訳なので、家にある体温計位は進呈して、使い方を教えないといけない。

胃のない胎児:術後の経過

住込みワーカーの子供のチュラローンコーン大学病院での手術は、予定よりも大分遅くなったが、一応成功したようである。

なのに、術後3ヶ月にもなるのに、未だ酸素吸入が欠かせない。

喉と食道と胃を繋げてたのに、未だにミルクさえ飲めない。

体重は、手術前と変わらず。と言うか6ヶ月前から増えてない。

この写真は先日僕がコラートのバンコク病院に行った際に、同じくコラートにあるマハラート病院に入院中のその子をお見舞に行った時のもの。

バンコクのチュラロンコーン病院での手術後、暫く経過を観ていたが、病院内に場所が無くなってコラートのマハラート病院に引っ越して来ていた。

足りない食道は、胃の一部を切って作った。

三回もお腹や喉を切り開いて確認したが、食道はちゃんと繋がっていた。

が、喉がいけない。

その子は食道が無かっただけじゃなくて、気道も細かった。新たに作った食道に押されて気道が潰れて酸素吸入が必要になった。

よだれはもう口から垂れないので、口と胃はちゃんと繋がっているのだろうが、ミルクが喉に逆流した時にどうなるか分からないと言うことで、あと半年間口からの食事は禁止された。

チュラロンコーンの医療チームはとても良くやってくれたと思う。術後もすべて公費でやってくれているので、お金のないワーカーでも介護出来る。だが、術後経過は芳しいとはとても言えない。

けれども、幸い子供は熱も出ず、元気そうにしている。

母親は病院で子供と寝ているだけなので、体重が90キロまで増えてしまった。

そいうわけで、産後一年になろうというのに、母親は仕事が出来ない。恐らく、あと半年間は無理だろう。

僕らとしては困った問題だが、ここ迄来た以上、もう少し寛大に面倒を見るしかない。

考えてみれば、僕の事故よりも遥かに重く不幸な子供である。

医師と話していないので、術後の状況や今後の見通しについて知るところではないが、なんとか元気になって欲しいものだ。

三年目になる住込みワーカーは、初めての子が去年食道閉鎖症に方腎欠損症で産まれた。数ヶ月前に来たワーカーはE型劇症肝炎であっという間に死んでしまったし、マシュマロちゃんは半年前、原因菌がよく分からない重度肺炎になってバンコク病院に入院したし、僕は僕で事故に会って、産まれて初めて意識不明になったと言うことで、なんか良くないことが続いている気がする。

胃のない胎児:手術日決まる

一昨日の夜、チュラロンコーン大学からマシュマロちゃんに電話があった。

「先天性食道閉鎖症の子供を持つ人のお知り合いですか?」

突然の電話に始めは何のことか分からなかった彼女だが、

「ああ!はい、そうです。」

「手術日が決まりました。明後日水曜日ですので、明日火曜日朝迄に病院に来てください。」

何で親じゃなくてマシュマロちゃんに電話して来たのか知らないが、きっと電話代がなくて通じなかったんじゃないだろうか。

ともかく、待ちに待った手術日がついにやって来た。

CTスキャンをして、それから多数の領域の医師とグループ協議を行って、どうやって手術するか決めた様だった。

食道の足りない部分をどうやって補うのかが一番の問題。

それから、腎臓が何故か一つしかないらしいのも気がかり。

昨日夕方、ワーカー夫婦はマシュマロヤリス号で勇んでバンコクに上京していった。

その前に、カオヤイショップ前で多くの花をバックに子供の写真を撮った。

手術が上手くいきますように。

胃のない胎児8:良くならない

チュラロンコーン大学病院に入院して、良くなったと思ったワーカーの子供は、翌日には悪くなってICU管理に移された。

風邪を引いて呼吸困難になったらしい。

食道が胃に繋がってないので唾液が飲み込めないため、口に溜まった唾液は気道を塞ぎ咳き込む。母親は直ぐに唾液を吸引機で吸い取るが、それまで息を吸うことが出来ない。

今は一般病棟に戻されたが、一時血中酸素飽和度が70台になったらしく、未だに酸素吸入が止められない。マシュマロちゃんは肺炎になったとき、酸素飽和度が91でICUに入った。70はほんとにやばい。

母親がミルクの調整を間違えたので、今は医師や看護婦がミルクを調整して胃の穴から授乳させているが、なかなか体重増加が見られず、医師の話では、一月遅らせた手術日(あと3週間後)にも、とても手術が出来そうになく、後2~3ヶ月待たないといけないらしい。

もうすぐ良くなる予定だったのに、とても困ったことになった。

無事に育つかどうか自信も持てない。

実は、この子は父親の二人目の子供で、別れた奥さんとの間に出きた初めての子供も心臓に問題があって、産まれて2年間病院を出られず、そのまま亡くなったと聞いた。

何が悪いのか知らないが、不幸な経緯だ。

今の母親は、昨年「産まれる迄働いて、産まれたら直ぐに働く」と言って僕を驚かせたが、現実には昨年11月から今まで全く働いてなく、手術が数ヶ月後になるなら一年近く働けないことになり、僕らのいちご園内にとっても、もはや戦力ではなくなってしまった。

今季もマシュマロいちご園を世話してもらう予定だったが、父親一人では無理なので、誰かを補充するか入れ替えることを考えなくてはならない。

いろいろ困ったことになりそうだ。

胃のない胎児7:良くなった

チュラロンコーンの医師や看護婦はやっぱりレベル高い。

一生懸命、自分たちができる事を追求する仕事師。

お陰で、もう低ナトリウム血症はなくなり、子供の顔がすっかり良くなった。

良かった。良かった。

て、手術はこれからだけど。

胃のない胎児6:大学病院に15時間

日曜日にバンコク入りして一泊し、月曜の朝早くチュラロンコーン大学病院に行くのが良いという僕の計画は正解だった。

ホイクワインの今は無きナタリー裏の新しいコスパ抜群のホテルを朝7時に出て、MRTで大学病院には7時半に着いた。

が、ナースのスクリーニング(仕分け)を通過したのが9時半。小児科に通され、医師と面会したのが11時。

手術予定表を見たら、26日に確かに住込みワーカーの子供の予約が入っていた。

が、数日前に小児がんの緊急手術の予定がそこに入ってしまった。

仕方なく次の空き時間を探すと、何と一ヶ月先迄びっしり。これには文句は言えないので、一月先の予定を入れて貰った。

医師との話には僕も立ち会った。

予想通り先天性食道閉鎖症のタイプAだった。

「欠損した食道の長さは長く、引っ張って繋げられないので、結腸か胃の一部を切り取って管にし、足りない食道部分に補間するしかない。未だどんな方法でやるか分からないが、大きな手術になる。おそらく脇からの手術は無理で開胸することになるだろう。でも、上手く行けば術後1週間から10日の位で退院出来ます。」

実のところ、タイプAの診断もコラートの病院でなされていることがコラート医師の紹介状に書いてあったのを僕はその時初めて知った。住込みワーカーは、食堂の一部が細くなって詰まっているだけで、直ぐに繋げられると言っていたが、やはり何も分かっていなかった。

「X線と全身状態の検査をしてから、今日は帰って下さい。来月22日に入院して貰って、24日に手術です。」

が、X線撮ったのが12時。結果が上がってきたのは午後2時。

X線は造影剤も入れずに撮っただけなので、素人の僕が見たところ、欠損部の状態はさっぱり見えない。CTを取ると思っていたのに、それは無し。造影剤なしで一体何が分かるだろうか。

それから、やっとこさの血液検査。午後1時半に採血して、結果が出たのが4時半。

そこで大問題が見つかった。

詳しくは書かないが、重度の低ナトリウム血症(118mEq/L)。クロライドもカリウムも危険水域。意識朦朧、引きつけが起こっても可笑しく無い程の異常値。ヘモグロビンもヘマトクリットも低値。

こんなんじゃ手術はとても出来ない。

コラートの病院で尿潜血があると言われていたので腎臓の問題かと医師に聞くと、

「腎臓はそう悪くない。」

「じゃあ、どうしてこんなにナトリウムとクロールが低いんですか?」と聞くと、

「僕にもさっぱり分からない。別の方法で測り直してみて、良ければ帰っていいけど、悪ければ帰れません。」

直説法での測定結果が出る前に時間切れで別棟の夜間診療の部屋に移動。

待てども待てども順番が来なくて、夜8時にやっと医学部学生の研修の材料として呼ばれた。

「今日はどうされましたか?」から始まって、経緯説明。

指導の医師が検査結果を見て仰天。

「この値で無症状ってどういうこと? 不思議だねえ。さて、どうする?」

尿中のナトリウムも見ておきましょう、とここで初めて採尿。

僕は流石に頭に来て、

「何で初めから全部調べないんだ。時間の無駄だろう!」とマシュマロちゃんに言うと、

「30バーツ診療じゃ、そんなことできるわけない。必要最低限のことをちょっとずつやるしかない。」との説明。至極納得。

夜の9時、緊急入院が決定。

いろいろ話して、それもすべて公費負担でタダになった。

病棟に入る前、入ってからを含めて、5人以上の医師と看護婦から、何度も何度もミルクやその他飲み物の量や頻度について同じことを聞かれた。

一回の乳の量や下痢や嘔吐の有無(嘔吐できないが)、他の薬の有無、どんなミルクか?などなど。因みに、現在は母乳は止まって、人工乳になっていた。

基本、胃瘻からミルクを入れているだけなので、そこが気になるのは分かるが、同じ質問ばかりで少々うんざりしていた。

夜10時。最後に看護婦が聞いた。

「今上げているミルクを見せて下さい。どうやって調整していますか?」

「サジ2杯にお湯4オンスです。」と母親。

看護婦はミルク缶の説明書きを見て、

「ミルクサジ2杯ならお湯2オンスですよ。どうして4オンスなのですか?」

結局、無知な母親は何処かで勘違いして、ずっと二倍薄いミルクを与えていたのだった。

ミルクしか飲まない乳児が二倍薄いミルクを与えられたら、本来の倍量の水を飲まされているのと同じなので、それが原因の低ナトリウム血症だった可能性がある。このところ体重が増えなかった理由でもあったかも知れない。

ちょっとくどかったけれど、注意深く徹底的に問診する重要性を感じた瞬間だった。

緊急入院の乳児と母親を残して、僕らはホイクワインのホテルに戻り、それからカオヤイ迄走リ、家に着いたのは夜中の2時だった。

胃のない胎児5:いざチュラロンコーン医学部病院へ

住込みワーカー夫婦の子供は、食道と胃が繋がっていなかった。

お母さんは、乳児の胃に開けた穴つまり胃瘻からミルクを飲ませて育てた。医師から命が繋ぐのは70%と言われたが、6か月間命は繋がり、いよいよ胃と食道を繋ぐ手術の時がやってきた。

前にも書いたように、この手術を含め、これまでの治療費はタダである(全額公費負担)。

コラートはタイ第二の都市だが、その手術が出来る医師がいないということで、バンコクのチュラロンコーン病院で施術することが決まった。

今まで待ったのは、体重が6kg以上に増えるのを待っていたから。実のところ、このひと月の体重増加は芳しくなく、未だ6kgに届いていないが、いよいよ明後日月曜日がチュラの医師とのアポイントメントの日なのだ。

住込みワーカーはクルンテープなんて道も分からず怖くて行けないと言うし、多分医師の話もチンプンカンプンだろうから、僕らが病院まで連れて行くことにした。

月曜日の朝は、通常クルンテープ行きの街道は何処も大渋滞で、何時に着くやら分からないし、運転するのもイライラする。夕方に着いて医師と面会出来なかったら時間の無駄もいいとこ。

そこで、明日の夕方にラチャダーのホテルに入り一泊し、月曜日の朝にMRTにてルンピニーのチュラロンコーン大学病院に行くのが正解と見た。

ホイクワインに600バーツ余りのホテルも取れた。

チュラロンコーン大学は、かつて僕がタイに乗り込んで来た時の古巣。あの辺りは勝手知ったるである。

せっかくシーロムに行くならタニヤ辺りで遊びたいが、そういうシチュエーションでもないので、ナイトマーケットかシネマくらいにしておこうか。

それはさておき、月曜日は恐らく担当医師が診察し、それからCT(コラートの公立病院にはない)の予約を入れ、その他血液検査等を行う。とすると、結果が出て手術日が決まるのは早くて一週間後。待ち行列が長ければもっと掛かる。したがって、赤子と母親だけが入院生活を送り、父親は付き添っていても役に立たないので、月曜日に僕らと一緒にカオヤイに帰ってくることになると予想している。

子供と母親は、手術が成功裏に終わり、口からミルクが飲めるようになって、胃瘻を外してから帰ってくる。

早くその日が来ますように。

胃のない胎児4:繋いだ命

住込みワーカー夫婦の間で産まれた食道と胃が繋がっていない子供は、生後4ヶ月が過ぎ、順調に体重が増えてきた。

今の体重は5kg超

唾液が飲み込めないので、母親が頻繁に喉に溜まった唾液を吸引しなくてはならず大変だ。

ミルクも飲めないので、お母さんが胃瘻チューブからミルクを入れて飲ませている。

一月半程前迄は、ミルクも一回に50ml程しか飲めず、痩せて体重も増えなかったが、もっとミルク量を増やす様に言ったのが効いたのかどうか知らないが、ともかく急に脂肪が付いてきて、手足も良く動かすようになった。

ミルクを飲ませてもゲップで咽ないところから、A型つまり食道と気道は繋がってないのではないかと思う。

でも、その方が胃から肺へ食べ物が入って肺炎を起こすことがないので良かったのかも知れない。

お母さんの顔を見つめたり、笑ったりすることもある。お母さんの声にに反応して笑うこともある。

医師が言うには、体重が6kgを超えたら手術が出来る。恐らくそれは、僕らが日本から帰って来た頃だ。

手術は食道を繋ぐ訳だが、長さが足りないとやや厄介ながら、上手く繋がれば、口からおっぱいや食べ物が食べられるようになる。丁度、離乳食を始められる時期なので、手術が成功すれば、更に元気に育つことだろう。

一昔前迄は、この手の先天異常は命を繋ぐことはまず無理だったが、最近の日本では85%位生きられるようになった。

タイで、この子供の食道が繋がってないことが分かった時、コラートの医師は生きられる可能性は70%位だと言った。高性能の画像診断機器が使えないとか、熟練医師が少ない中で、70%は難しいんじゃないかと思ったが、結果として今まで育って来られたので、多分生き延びられるだろう。

ところで、気になる医療費だが、驚いたことに、全額公費負担が適用された。唾液を吸い取る電動アスピレーターだけは4000バーツで買わなければならなかったが、ICU管理代、2ヶ月程の入院代、薬代、処置費用等、ワーカー夫婦は全く払っていない。

そればかりか、今度の手術は、タイの東大に当たるチュラロンコーン大学医学部病院で受けることが決まったが、その手術代もすべて公費負担である。

タイにこんなに庶民に優しい医療保険制度があったとは知らなかった。

勿論、誰でも適用される訳じゃなくて、高度医療が必要だが、本当に支払い能力がないごく一部の場合に限る。

お陰で僕らが援助しなくて済んでいるので、僕らにとっても有り難い話だ。

手術が無事終われば、お母さんも働けるようになると思う。そうなれば、カオヤイ農園に関しては、次期植付迄はなんとかマネージ出来そうである。

ここまで来れば、後は元気に育ってくれると思うし、そう願うばかりだ。

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サラリーマンはもう飽きた。気がつけば人生の残りも僅か。ここはひとつ、窮屈な日本を抜け出し、活力あるのにどこかゆる~いタイを舞台に、自分らしい第二の人生に旅立つことを決めてしまった50代親父。

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