一年前のあの日

僕がバイクに跳ねられて意識不明になった日から今日で一年が経った。

あの時の事はあまり覚えていないが、マシュマロちゃんは車に跳ねられそうになるのに倒れた僕に走り寄り、僕が死んでしまうと思ったらしく、狂ったように大泣きして、その後病院で必死にお金を工面して僕を助けようとしたと聞いている。

あの時、僕らはいちご園開店直後で、本当にお金がなかった。

数ヶ月前、今期もお金が少なくなった時、

「また今度あんな事になってお金がなかったら危険なので、最低限一定以上のお金は銀行に残すようにしないといけないね。」

と話し二人で話し合った。

そして、今期に残金が残り少なくなったので、日本の僕の退職金の残りから二百万円超のお金をタイの銀行に転送して危機に備えた。

それなのに、今年の開店直後の今、やっぱりお金を使い果たして残金が僅かになってしまった。

これから1~2ヶ月間は、重大な事故や病気に会わないように十分気を付けないといけない。

それにしても、あんなに沢山あった退職金が(訳者注:真っ赤な嘘)、年金支給開始前にまさか残り少なくなるなんて夢にも思わなかった。

財政面では、確実に最悪の道を進んでいるのは確かだ。

お金が十分溜まって無いくせに、カオヤイの土地を買ったのが失敗だったかも知れない。

でもまあ、

人生なんてお金じゃない。

いいじゃないの幸せならば。

と思うしかなないこの頃でした。

7ヶ月ぶりにやっと前歯を治した

僕が交通事故で店の前の道路で倒れていた時、救急隊員が僕の口から気道に管を突っ込んで息が詰まらないようにしようとしてくれたのを、意識朦朧の僕は嫌がって歯を閉じて逆らったらしい。救急隊員は、僕の口になんとか管を突っ込もうとして、僕の閉じた前歯から管を無理に押し込んだので、そのとき前歯の虫歯治療に使っていたプラスチックの歯が掛けて取れてしまった。

前歯なんか事故の身体や頭が治ってから日本で保険を使って治せば良いやと思っていたが、例の中共コロナがやって来て日本に帰れなくなってしまったし、案外タイの歯科治療は日本よりも優秀だと知らされたので、タイのコロナが収まって来たのを期に直しに行ってきた。

かなり汚い写真で申し訳ないが、事故後の前歯はこんな感じだった。

今日、タイのパクチョンという僕らの街の歯医者に行って、30分程で治した貰った結果は、

紫外線で固まるプラスチックで見事に修正してくれた。

歳をとって僕の歯も随分ガタついているし、黄色く黄ばんで来たが、60歳超えにしてはそんなに悪くない方じゃないだろうか。

ところで、歯科医療に関しては、日本はそれほど優れてない。歯科検診や治療に使う道具類をちょいとアルコールに漬けて使い回すことは感染症大国のタイではあり得ない。

日本では、歯科治療の多くが健康保険適用外なので、その点もタイと比べてメリットが少ない。

マシュマロちゃんの前歯も治さなくちゃいけなかったので、一緒に行った。

パクチョンの大きな公立病院の近くに新しく出来た小さな歯医者だったが、女性の歯科医師が英語が上手で助かった。タイの歯医者さんは女性が多い。

マシュマロちゃんは、未だ若いのでインプラントしてあげたかったが、下顎と上顎が小さ過ぎてインプラントは出来ないというので、已む無く入れ歯の交換となった。

彼女の上下前歯の数本は、15年以上前に山道でのオートバイ事故で折れて、それ以来ずっと200バーツの超安入れ歯にしていたのだった。彼女はそれを恥ずかしがって、入れ歯であること自体を長らく隠していた。

将来、お金が出来たら、顎の骨の補強をしてインプラントにしてあげたいと思っている。

話が反れたが、交通事故から7ヶ月以上経って、ようやく前歯が治った。

これで肉類の食いちぎりがし安くなったのではないだろうか。

因みに、僕の治療費は約1600バーツ(5800円)。

6ヶ月以内に治した歯が取れた場合は、無料で修理してくれるそうだ。

使った道具もプラスチックを固める紫外線の波長も申し分なかった。

僕の歯が黄色すぎて、一番黄色の樹脂でも白く見えてしまっているが、僕は気にしない。

ところで、歯は磨けば磨くほど白くなると聞くが本当だろうか。

歯科医師の歯は実に真っ白で、僕は見入ってしまった。

そう言えば、マシュマロちゃんのお母さんの総入れ歯も真っ白だった。

ネットフリックスのドラマの俳優も皆歯が真っ白だ。

クソジジイの癖に、黄ばんだ歯じゃなくて真っ白な歯になりたいと思った。

酸化チタンと紫外線で歯を白くする方法があるみたいだが、あれ自分でやって超安価で真っ白な歯にできないもんだろうか?

60超えのジジイがこんな真っ白な歯だったら、逆にキモいか。

最期の検査

昨日、交通事故で肩鎖関節脱臼になった右肩の術後の最期の検査にバンコク病院ラチャシマに行って来た。

この二週間、痛みが増して、腹が立っていた。手術して三ヶ月も経つのに、一向に良くならないのは手術が下手くそだったからではないかと思っていた。

文句を言ったつもりだが、医師は

「まあ、そんなものだ。」と反省の様子なし。

少し思い物を持ち上げたり、堅いバルブを回したりすると、途端に翌日から痛くなる。だから、今は何もせずじっとしているのだ言ったら、  

「もうそう言う時期は終わった。これからは筋肉と腱を鍛えないと行けないので、多少痛くても頑張って運動して下さい。」

と言われた。

確かに運動不足で、肩の筋肉だけじゃなくて腹筋まで緩んで飛び出して来たので、身体が弛んで来たのは事実。

レントゲン写真を見ると、肩峰と鎖骨の間が少し開いてしまっていた。

上が術後

下が昨日

肩峰と鎖骨が接触していると、擦れて将来痛くなるだろうということで、少し骨を削ったらしいが、今は1センチくらい開いていて、それで筋肉が痛むようだ。

まあ、この辺が限界なんだろう。

運動不足と言われても、痛いと何もしたくないし、身も心もすっかり弛んだので、動きたくない。腹が典型的ビール腹になった。

マシュマロちゃんに叱られて、明日からジョギング、腕回し、腹筋運動の3点セットをやらされる羽目になった。

ともかく、これにて医者通いは終了。

今どきは、病院が一番危ないので、行かずに済みようになってホッとした。

肩手術のその後

肩が痛い。

手術して2ヶ月半になるのに。

恐れていた肩関節が回らなくなるのは防げて、自分で右腕を真上迄挙げられるようになった。前後左右への回転域もほぼほぼ左腕と同じくらいになった。

だけど、まだ右腕を下にした寝返りは出来ない。右腕一本でのハンドル回しも無理。重い物を持ち上げるのも不可。

持ち上げに関しては、医師から「まだ5kg迄にしておけ。」と言われていたのに、先日マナオ(タイレモン、ライム)の30kg入りネットを買った時、それを一瞬だが持ち運んでしまった。

その時は痛くなく、もう持ち上げも出来るようになったと思ったのだが、翌日肩が腫れて動かすと痛くなった。3日目の今日もまだ痛い。

完治までこんなに時間が掛かるのは、歳のせいなのか、手術が下手くそだったのか知らないが、高いお金出して手術した有難味が感じられない。

ヘルメットなんか死んでも被りたくない

自分が交通事故にあったから言う訳ではないが、タイは世界最悪級に交通事故死が多い国だ。

世界保健機関(WHO)がまとめた2018年版の交通事故に関する報告に依ると、タイは2016年の人口10万人当たりの交通事故死者数が32.7人とアジア最悪、堂々世界第二位だったようだ。

ついでに、他の国の状況を見てみると、ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国の交通事故死者数は、

ベトナム26.4人

マレーシア23.6人

ミャンマー19.9人

カンボジア17.8人

ラオス16.6人

フィリピン12.3人

インドネシア12.2人

シンガポール2.8人

ASEAN以外の主要国では、

インド22人

中国18.2人

ロシア18人

米国12.4人

韓国9.8人

ドイツ4.1人

日本4.1人

英国3.1人

だそうだ。

日本は随分少なくなったものだ。

タイの交通事故死が多い理由の一つは、オートバイ、バイクによる死亡者数が多いことで、死亡者数の約70%がバイクによる死亡で、これも堂々世界第二位である。

バイク事故による死亡が多い理由は、

○ ヘルメットを被らない

○ 運転免許証を持ってない

○ ブレーキのアンチロックシステム未装着率が高い

○ 飲酒運転が多い

などがあるようだが、ヘルメットを被らない率は驚くほど凄い。

警察等の努力で、バンコク圏の無免許率とヘルメット無装着率は下がったが、バンコク以外の地方では、バンコクから来る高級バイクに乗るツーリング族以外は先ずヘルメットを被らない。

カオヤイ、ワンナムキアオ付近では地元モトサイのヘルメット装着率は5%以外と思う。

無免許も多く、免許を持っている人より断然多い。つまり無免許が普通なのだ(そういうハムケンもバイクの免許持ってない!)。

なにしろ、小学校高学年の生徒が後部座席に低学年の弟か妹を載せて通学しているのだ。勿論、無免許、ヘルメット無装着当たり前。これがタイの地方の普通の姿なのだ。

田舎で生活の足としてオートバイに乗っている人にヘルメットを被れと言っても、免許証を取得しろと言うより無理な注文のようだ。

そもそもヘルメットなんか持ってない。

僕とマシュマロちゃんは事故の後、住込みワーカーにヘルメットをするように指示し、座席の下に備え付けの赤いヘルメット以外に、二人乗りのために昔買った優良ヘルメットを進呈したが、彼らはその後もタダの一度もヘルメットを被ったことがない。

つまり、仮に持っていても被らない。

何故ヘルメットを被らないのか問い正したら、

暑い、臭い、うっとうしい

確かに雨の日以外は蒸し暑いし汗臭くなるが、それでも事故で頭が割れるよりマシだろうと思って、再度ヘルメットを被るように指示したが、その後もやはり一度も被らない。差し上げたヘルメットは捨てられたまま。

死んでもヘルメットなんか絶対に被りたくないらしい。

だけど、バイクは転びやすい。道路の泥や石でも転ぶし、急ブレーキを掛けたり、自動車や人とぶつかったりしたら転ぶ。

転ぶとかなり痛い。

僕を跳ねた少年も、ヘルメットがなかったので耳が剥げ落ちた。

転ぶと頭を打つ確率が高い。頭が割れて、脳味噌が飛び出す。

皆そういう事故を目の当たりにしているのに、それでもヘルメットは被らない。

彼女の涙

バンコク病院は医療は良いが、お金持ち専用であって、貧乏人は相手にされない。

マシュマロちゃんが重度の肺炎でパクチョンのバンコク病院で対応出来なくなり、バンコクのバンコク病院に搬送させようとした際、バンコクの病院からの連絡は、

「救急車をバンコクから手配します。そこには救急医療の医師と看護師が同行します。病院に着いたら、ICUに入ってもらうことになります。救急搬送料として、車内での処置にも依リますが、通常25,000~30,000バーツかかります。ICUは一泊最低100,000バーツ掛かり、数日入ってもらう可能性があリます。これには処置料や他の検査料やお薬代は入っていません。それに了解頂けますか?了解頂けたら、デポジットとして100,000バーツを直ぐに払って下さい。」

とのことだった。救急車を数時間待っても来ないので問い合わせたら、「入金が確認されたら、救急車を手配します。」とのこと。

それで、僕らはバンコクのバンコク病院は止めて、コラートのバンコク病院に搬送して貰った。

コラートのバンコク病院は、僕が交通事故で入院していた病院で、バンコクよりは安いものの、ナコンラチャシーマでは一番高く、貧乏人は相手にしないことは同じである。

さて、僕がコラートのバンコク病院に事故で運ばれた際、僕らは貧乏人だった。ちょうど開園直後でお金を使い果たしてしまっていた。

マシュマロちゃんの銀行口座には15000バーツしか入っていなかった。

僕は意識不明だったのでお金の引き出しは出来なかったが、出来たとしても同程度しか残っていなかった。

バンコク病院でマシュマロちゃんが言われたことは、

「先ず病院に30万バーツをデポジットとして振込んで下さい。振込みが確認されたら治療を始めます。」

15000しかないのに30万バーツなんて振込める筈がない。払えないなら他に行くしかない。彼女は窮地に立たされた。

それでも、「マハラート病院じゃ助からない。」と考えた彼女は、いろんな所に泣きながら電話しまくってお金を掻き集めようとした。

幸い、妹さんから50000バーツ、旧友から50000バーツ、同業の知り合いから20000バーツが集まった。

マシュマロちゃんは、バンコク病院の日本語通訳を使って、日本の妻にも電話してお金を送って貰おうとした。

突然お金を送ってくれと言われても、騙し取られるかも知れないし、海外送金は直ぐに出来るものじゃない。そもそも、日本人に「お金を事前に病院に入れないと治療して貰えない。」なんて話は理解不能。あり得ない話なので、妻の答えは「出来ない」だったらしい。マシュマロちゃんは、もうどうして良いか分からず、僕が家族から愛されていないと感じてまた泣いた。

東京海上の保険屋にも電話した。保険は規定通り支払われるが、デポジットというのはない。病院の対応に保険担当の女性は怒って、バンコク病院に電話した。

「患者は弊社の被保険者で規定金額までは弊社がちゃんと支払います。それより、病院は患者を治療するのが仕事でしょう。30万バーツ先に払わないと治療しないなんておかしいんじゃないですか?」

と迫ってくれたらしい。それが効いたのかどうか知らないが、18万バーツのデポジットで僕の治療が始まった。

初めに入ったICUでは、1時間に1回だけしか入室出来ない。僕が死んでしまうかも知れないと思っていた彼女はずっと涙が止まらず、妹さんに朝まで付き合ってもらった。1時間に一度、彼女は毎回僕の耳元で、

「もう大丈夫だからね。心配しなくていいからね。私がずっと側に居るからね。」

と何度も囁いた。その時の事を僕は微かに覚えている。

泣ける話だ。

肩鎖関節脱臼手術後

昨日、コラートのバンコク病院ラチャシーマに行って、肩鎖関節脱臼の術後検査をして来た。

上が術前、下が術後

鎖骨の上に金属の止め金が二枚見える。

止め金と肩甲骨の烏口突起の間を、太くて丈夫な繊維で出来た紐で縛って肩を鎖骨まで引っ張り上げている。鎖骨の肩への突出は治まった。

肩の端の肩峰と鎖骨の間も、もう少し細い繊維でくっつけている。しかし、繊維も靭帯もこのレントゲン撮影では殆ど見えないが、拡大すると微かに紐が二本ずつ視える。

肩が大分動くようになって来たが、未だ自力での腕上げは痛くて無理。

これからは、毎日数回づつ肩をいろんな方向に曲げるリハビリをするように言われた。リハビリを怠ると、肩が固まって上がらなくなるらしい。

足やお尻の筋肉も落ちて力が出ないので、座ってばかりいないで、運動しないといけない。

もう、休養の時間は終わりにして、リハビリに専念する時が来たようだ。

欠けた前歯

事故ネタはもう終わりにしたいが、一つ大事な傷が残っていた。

それは、上の前歯。

汚くて申し訳無いが、上の前歯が掛けている。

以前は白い人工歯で矯正していたのが、事故で取れた。オートバイや地面にぶつかって取れたのじゃなくて、僕が呼吸出来るように、救急隊が喉に管を通そうとした時、僕が嫌がって歯を閉じたらしいが、救急隊は力づくで管を通したので欠けたらしい。

欠けた人工歯は3日間口の中に残っていたが、3日後に吐き出して捨てた。

この歯だと、美味しいトウモロコシが食えない。

これがせいぜい。

息が抜けて発音も変。

こいつは保険も効かないだろうから、日本に帰った時に治して貰おうと思っている。

身体が健全な状態にないと、生きてゆくのに何かと不便で不快。

事故に会って健康の大切さを改めて痛感した。

温泉に入って来た

ゆったりと温かいお湯に浸かりたかった。

これまでは、傷口を濡らさないようにカバーをして優しく行水するしかなかった。 

この頃は、肩の手術の傷も閉じ、足首の傷も消えて来たので、もうお風呂に入れる状態になったのだけれど、我が家では水不足でお湯が余り出ず、ぬるい水を掛けることしか出来なかった。

しかし、それだと死んだ古い皮膚が取れない。右の脇の下は酸っぱ臭くなるし、パンツのゴムの下は真菌類が付いて痒くなるし、足首は分厚い古皮がボロボロめくれる。

こんな時は、大きな湯船の温泉に浸かって、古い皮膚はサウナで流すのが正解だが、そんな良い所がこのカオヤイにある訳が、、、、、

あるんだなこれが!

僕らのカオヤイ農園から僅か400メートルに。

今年出来て、一度だけ行ったことがある。

そこが未だ潰れずにやっていたので、本日行って参りました。

朝9時営業開始なところ、朝8時40分に入場。

お風呂とサウナだけなら、600バーツでOKだった。やっぱりお客は僕一人。

残念ながら、日本式温泉スパなので、おっぱいが見える湯女は居ない。

追加料金を払えば、割と綺麗なお姉さんによるタイマッサージは出来るが、ヱロマッサージは駄目だろうと思う。

でも、そんな物は要らないから問題ない。

問題は、お湯の温度がちと低く40℃だったこと。あと2℃上げてほしかった。

それと初めサウナが40℃しかなかったこと。営業時間が始まった頃には60℃になったから良かった。

携帯電話を置いて行ったので写真がないが、湯船の様子は一年前と変わってない。

半年前の写真

身体中の垢をすり落としてスッキリした。

ボケ老人に一歩近付く

脳内出血した事故から6週間が経ち、頭はほぼ回復したつもりだったが、どうも未だ血の巡りが良くないみたい。

前にも書いたが、忘れてしまった記憶は何もないと思う。

45年前の初恋の彼女のクリちゃんだって、未だに鮮明に覚えている。

そればかりか、事故直前の記憶が蘇ってきた。

あの朝、カオヤイ農園からワンナムキアオに向う時に、僕はマシュマロいちご園のアルコール類販売ライセンスの書類を持って行くのを忘れた事に気が付いた。

あれがないと罰金物だし、一人で頑張ってくれているワーカーが逮捕されかねない。

「お酒のライセンス忘れたから止まって!」

僕はマシュマロちゃん運転の動き出した車を止めようとした。

「あんなの、また今度で良いわよ。」とマシュマロちゃん。

「駄目だ、絶対! 車は戻らなくていいから、僕が降りて取ってくるから、ちょっと待てて。」

そう言って、僕は30メートル程進んだ車を降りて、カオヤイのお店に向けて歩き出した。妙なところで、律儀な日本人の特性が出たものだ。あんなライセンス、調べられたことは一度もないのに。

僕はお店に近い左側の歩道を歩いていた。お店に向かう曲がり角の3メートル程手前で、道端にあった何かの草を採った。

覚えているのはそこ迄。

僕にぶつかったバイクを運転していた少年は、ぶつかる直前、僕が植物を手に握っていたと言ったらしいが、それと一致する。

ぶつかった時の様子や痛さは何も思えていないけれど、事故直前の記憶は戻った。

だけど、事故から今日までずっと頭の回転が悪い。

ずっと睡眠不足のような感じで、お昼過ぎには居眠りしてしまう。昨日も今日も30分程眠ってしまった。

ややこしいことを考えるのを避けている感じ。表情もちょっと虚ろ。何時もぼっとしてる感じ。

2年前から売り子をやってるベテラン女性は、僕の言うことが子供っぽくなったと言う。

マシュマロちゃんと話していても、彼女がなんの話題について話しているのか分からないことが時々ある。

ちょっとしたことに対して突然僕が怒り出すことが増えたらしい。

まるでボケ老人になったようだ。

「切れた血管が再生されて血が周り出すのに、もうちょっと時間が掛かるのさ。」

と弁解しているが、血の巡りは死ぬ迄良くならないかも知れない。

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サラリーマンはもう飽きた。気がつけば人生の残りも僅か。ここはひとつ、窮屈な日本を抜け出し、活力あるのにどこかゆる~いタイを舞台に、自分らしい第二の人生に旅立つことを決めてしまった50代親父。

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