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胃のない胎児8:良くならない

チュラロンコーン大学病院に入院して、良くなったと思ったワーカーの子供は、翌日には悪くなってICU管理に移された。

風邪を引いて呼吸困難になったらしい。

食道が胃に繋がってないので唾液が飲み込めないため、口に溜まった唾液は気道を塞ぎ咳き込む。母親は直ぐに唾液を吸引機で吸い取るが、それまで息を吸うことが出来ない。

今は一般病棟に戻されたが、一時血中酸素飽和度が70台になったらしく、未だに酸素吸入が止められない。マシュマロちゃんは肺炎になったとき、酸素飽和度が91でICUに入った。70はほんとにやばい。

母親がミルクの調整を間違えたので、今は医師や看護婦がミルクを調整して胃の穴から授乳させているが、なかなか体重増加が見られず、医師の話では、一月遅らせた手術日(あと3週間後)にも、とても手術が出来そうになく、後2~3ヶ月待たないといけないらしい。

もうすぐ良くなる予定だったのに、とても困ったことになった。

無事に育つかどうか自信も持てない。

実は、この子は父親の二人目の子供で、別れた奥さんとの間に出きた初めての子供も心臓に問題があって、産まれて2年間病院を出られず、そのまま亡くなったと聞いた。

何が悪いのか知らないが、不幸な経緯だ。

今の母親は、昨年「産まれる迄働いて、産まれたら直ぐに働く」と言って僕を驚かせたが、現実には昨年11月から今まで全く働いてなく、手術が数ヶ月後になるなら一年近く働けないことになり、僕らのいちご園内にとっても、もはや戦力ではなくなってしまった。

今季もマシュマロいちご園を世話してもらう予定だったが、父親一人では無理なので、誰かを補充するか入れ替えることを考えなくてはならない。

いろいろ困ったことになりそうだ。

胃のない胎児7:良くなった

チュラロンコーンの医師や看護婦はやっぱりレベル高い。

一生懸命、自分たちができる事を追求する仕事師。

お陰で、もう低ナトリウム血症はなくなり、子供の顔がすっかり良くなった。

良かった。良かった。

て、手術はこれからだけど。

胃のない胎児6:大学病院に15時間

日曜日にバンコク入りして一泊し、月曜の朝早くチュラロンコーン大学病院に行くのが良いという僕の計画は正解だった。

ホイクワインの今は無きナタリー裏の新しいコスパ抜群のホテルを朝7時に出て、MRTで大学病院には7時半に着いた。

が、ナースのスクリーニング(仕分け)を通過したのが9時半。小児科に通され、医師と面会したのが11時。

手術予定表を見たら、26日に確かに住込みワーカーの子供の予約が入っていた。

が、数日前に小児がんの緊急手術の予定がそこに入ってしまった。

仕方なく次の空き時間を探すと、何と一ヶ月先迄びっしり。これには文句は言えないので、一月先の予定を入れて貰った。

医師との話には僕も立ち会った。

予想通り先天性食道閉鎖症のタイプAだった。

「欠損した食道の長さは長く、引っ張って繋げられないので、結腸か胃の一部を切り取って管にし、足りない食道部分に補間するしかない。未だどんな方法でやるか分からないが、大きな手術になる。おそらく脇からの手術は無理で開胸することになるだろう。でも、上手く行けば術後1週間から10日の位で退院出来ます。」

実のところ、タイプAの診断もコラートの病院でなされていることがコラート医師の紹介状に書いてあったのを僕はその時初めて知った。住込みワーカーは、食堂の一部が細くなって詰まっているだけで、直ぐに繋げられると言っていたが、やはり何も分かっていなかった。

「X線と全身状態の検査をしてから、今日は帰って下さい。来月22日に入院して貰って、24日に手術です。」

が、X線撮ったのが12時。結果が上がってきたのは午後2時。

X線は造影剤も入れずに撮っただけなので、素人の僕が見たところ、欠損部の状態はさっぱり見えない。CTを取ると思っていたのに、それは無し。造影剤なしで一体何が分かるだろうか。

それから、やっとこさの血液検査。午後1時半に採血して、結果が出たのが4時半。

そこで大問題が見つかった。

詳しくは書かないが、重度の低ナトリウム血症(118mEq/L)。クロライドもカリウムも危険水域。意識朦朧、引きつけが起こっても可笑しく無い程の異常値。ヘモグロビンもヘマトクリットも低値。

こんなんじゃ手術はとても出来ない。

コラートの病院で尿潜血があると言われていたので腎臓の問題かと医師に聞くと、

「腎臓はそう悪くない。」

「じゃあ、どうしてこんなにナトリウムとクロールが低いんですか?」と聞くと、

「僕にもさっぱり分からない。別の方法で測り直してみて、良ければ帰っていいけど、悪ければ帰れません。」

直説法での測定結果が出る前に時間切れで別棟の夜間診療の部屋に移動。

待てども待てども順番が来なくて、夜8時にやっと医学部学生の研修の材料として呼ばれた。

「今日はどうされましたか?」から始まって、経緯説明。

指導の医師が検査結果を見て仰天。

「この値で無症状ってどういうこと? 不思議だねえ。さて、どうする?」

尿中のナトリウムも見ておきましょう、とここで初めて採尿。

僕は流石に頭に来て、

「何で初めから全部調べないんだ。時間の無駄だろう!」とマシュマロちゃんに言うと、

「30バーツ診療じゃ、そんなことできるわけない。必要最低限のことをちょっとずつやるしかない。」との説明。至極納得。

夜の9時、緊急入院が決定。

いろいろ話して、それもすべて公費負担でタダになった。

病棟に入る前、入ってからを含めて、5人以上の医師と看護婦から、何度も何度もミルクやその他飲み物の量や頻度について同じことを聞かれた。

一回の乳の量や下痢や嘔吐の有無(嘔吐できないが)、他の薬の有無、どんなミルクか?などなど。因みに、現在は母乳は止まって、人工乳になっていた。

基本、胃瘻からミルクを入れているだけなので、そこが気になるのは分かるが、同じ質問ばかりで少々うんざりしていた。

夜10時。最後に看護婦が聞いた。

「今上げているミルクを見せて下さい。どうやって調整していますか?」

「サジ2杯にお湯4オンスです。」と母親。

看護婦はミルク缶の説明書きを見て、

「ミルクサジ2杯ならお湯2オンスですよ。どうして4オンスなのですか?」

結局、無知な母親は何処かで勘違いして、ずっと二倍薄いミルクを与えていたのだった。

ミルクしか飲まない乳児が二倍薄いミルクを与えられたら、本来の倍量の水を飲まされているのと同じなので、それが原因の低ナトリウム血症だった可能性がある。このところ体重が増えなかった理由でもあったかも知れない。

ちょっとくどかったけれど、注意深く徹底的に問診する重要性を感じた瞬間だった。

緊急入院の乳児と母親を残して、僕らはホイクワインのホテルに戻り、それからカオヤイ迄走リ、家に着いたのは夜中の2時だった。

胃のない胎児5:いざチュラロンコーン医学部病院へ

住込みワーカー夫婦の子供は、食道と胃が繋がっていなかった。

お母さんは、乳児の胃に開けた穴つまり胃瘻からミルクを飲ませて育てた。医師から命が繋ぐのは70%と言われたが、6か月間命は繋がり、いよいよ胃と食道を繋ぐ手術の時がやってきた。

前にも書いたように、この手術を含め、これまでの治療費はタダである(全額公費負担)。

コラートはタイ第二の都市だが、その手術が出来る医師がいないということで、バンコクのチュラロンコーン病院で施術することが決まった。

今まで待ったのは、体重が6kg以上に増えるのを待っていたから。実のところ、このひと月の体重増加は芳しくなく、未だ6kgに届いていないが、いよいよ明後日月曜日がチュラの医師とのアポイントメントの日なのだ。

住込みワーカーはクルンテープなんて道も分からず怖くて行けないと言うし、多分医師の話もチンプンカンプンだろうから、僕らが病院まで連れて行くことにした。

月曜日の朝は、通常クルンテープ行きの街道は何処も大渋滞で、何時に着くやら分からないし、運転するのもイライラする。夕方に着いて医師と面会出来なかったら時間の無駄もいいとこ。

そこで、明日の夕方にラチャダーのホテルに入り一泊し、月曜日の朝にMRTにてルンピニーのチュラロンコーン大学病院に行くのが正解と見た。

ホイクワインに600バーツ余りのホテルも取れた。

チュラロンコーン大学は、かつて僕がタイに乗り込んで来た時の古巣。あの辺りは勝手知ったるである。

せっかくシーロムに行くならタニヤ辺りで遊びたいが、そういうシチュエーションでもないので、ナイトマーケットかシネマくらいにしておこうか。

それはさておき、月曜日は恐らく担当医師が診察し、それからCT(コラートの公立病院にはない)の予約を入れ、その他血液検査等を行う。とすると、結果が出て手術日が決まるのは早くて一週間後。待ち行列が長ければもっと掛かる。したがって、赤子と母親だけが入院生活を送り、父親は付き添っていても役に立たないので、月曜日に僕らと一緒にカオヤイに帰ってくることになると予想している。

子供と母親は、手術が成功裏に終わり、口からミルクが飲めるようになって、胃瘻を外してから帰ってくる。

早くその日が来ますように。

カオヤイ農園いちご狩り終了

5月1日から、結局もういちご狩りは終了することにした。

スリップスが猛威を奮ってきたし、とにかく暑くてお客さんが採ってくるいちごも僅かになった。

実のところ、頑張れば未だ1kg位採れる位あるが、普通のお客さんはそこまで頑張らない。

毎日の高温で、いちご株は水不足で萎れがち。

カオヤイに来る観光客も、まさかいちごが未だあるなんて思ってないので、殆どいちご園はスルー。

しかも、昨日から住込みワーカーが所用で数日間の予定でチェンマイに戻った。

と言うことで、今年のいちご狩りは4月末日をもって終了とあいなりました。

いちご狩りを予定されてたお客さんには申し訳ないけれど、もう次の乾季までいちご狩りは出来ません。

でも、お店は時々開いてます。

喫茶と乾燥いちごしかないけど。

まだあるいちごともうないお客

4月までやっているいちご園なんて、カオヤイにはうちしかない。ワンナムキアオには妹さん夫婦のいちご園があるのみ。

いちごは乾季(寒季)の果物で、暑季真っ盛りで、もうすぐ雨季入りする時期なのに、未だいちごの実があるし、いちごの花もあるってどういうこと?

小粒だが、糖度は十分、とても甘い。

ミバエの幼虫も余り入っていない。

朝でも気温は27℃を下回ることはないこの暑さで花が出て来るなんて、僕の理論上有り得ない筈なのに何故だろう。日長のせいだろうか。(日本でも、いちごは本来、5月からの果物。最近は、温室栽培で5月には終了してしまう)

せっかく実があるので、一応いちご園は開園しているが、お客さんはもう余り来ない。来ても1日5~6組。それでも、たまにカンボジア人のツアーが来て、4000バーツ位お金を落としていってくれることもあるので、お店閉めてぼんやりしているよりはマシ。住込みワーカーの日給と自分達の飯代が出れば御の字だ。僕らが日本に行っている間も、いちごがある限り住込みワーカーにお店をやらせて日給分を稼いで貰うつもりだ。

お客さんは来ないが、野鳥は人気のないいちご園に数十羽もやって来て、いちごを食らう。鳥が来るのは、甘い実がある証拠。

どうせお客さんは少ないから、少しくらい鳥に食べられても影響はないのだが、習性で腹が立つから追っ払う。手を叩いたり、トタン版を叩いたりして追っ払うが、1日何十回もやっていると飽きる。

愛犬ベリーの唯一の仕事は鳥を追っ払うことだが、この頃は怠けて寝てばかりいて働かない。

そこで、YouTubeにあった鷹や鷲の声を音楽代わりに流してみた。

結果は、幾分効果あり。

鷹や鷲にも種類があって、この地にいない種類だと反応しない感じだ。いろいろな録音を流すと、時々逃げてゆく。

効果は不十分だが、手間は少ないので気に入っている。

胃のない胎児4:繋いだ命

住込みワーカー夫婦の間で産まれた食道と胃が繋がっていない子供は、生後4ヶ月が過ぎ、順調に体重が増えてきた。

今の体重は5kg超

唾液が飲み込めないので、母親が頻繁に喉に溜まった唾液を吸引しなくてはならず大変だ。

ミルクも飲めないので、お母さんが胃瘻チューブからミルクを入れて飲ませている。

一月半程前迄は、ミルクも一回に50ml程しか飲めず、痩せて体重も増えなかったが、もっとミルク量を増やす様に言ったのが効いたのかどうか知らないが、ともかく急に脂肪が付いてきて、手足も良く動かすようになった。

ミルクを飲ませてもゲップで咽ないところから、A型つまり食道と気道は繋がってないのではないかと思う。

でも、その方が胃から肺へ食べ物が入って肺炎を起こすことがないので良かったのかも知れない。

お母さんの顔を見つめたり、笑ったりすることもある。お母さんの声にに反応して笑うこともある。

医師が言うには、体重が6kgを超えたら手術が出来る。恐らくそれは、僕らが日本から帰って来た頃だ。

手術は食道を繋ぐ訳だが、長さが足りないとやや厄介ながら、上手く繋がれば、口からおっぱいや食べ物が食べられるようになる。丁度、離乳食を始められる時期なので、手術が成功すれば、更に元気に育つことだろう。

一昔前迄は、この手の先天異常は命を繋ぐことはまず無理だったが、最近の日本では85%位生きられるようになった。

タイで、この子供の食道が繋がってないことが分かった時、コラートの医師は生きられる可能性は70%位だと言った。高性能の画像診断機器が使えないとか、熟練医師が少ない中で、70%は難しいんじゃないかと思ったが、結果として今まで育って来られたので、多分生き延びられるだろう。

ところで、気になる医療費だが、驚いたことに、全額公費負担が適用された。唾液を吸い取る電動アスピレーターだけは4000バーツで買わなければならなかったが、ICU管理代、2ヶ月程の入院代、薬代、処置費用等、ワーカー夫婦は全く払っていない。

そればかりか、今度の手術は、タイの東大に当たるチュラロンコーン大学医学部病院で受けることが決まったが、その手術代もすべて公費負担である。

タイにこんなに庶民に優しい医療保険制度があったとは知らなかった。

勿論、誰でも適用される訳じゃなくて、高度医療が必要だが、本当に支払い能力がないごく一部の場合に限る。

お陰で僕らが援助しなくて済んでいるので、僕らにとっても有り難い話だ。

手術が無事終われば、お母さんも働けるようになると思う。そうなれば、カオヤイ農園に関しては、次期植付迄はなんとかマネージ出来そうである。

ここまで来れば、後は元気に育ってくれると思うし、そう願うばかりだ。

ラムタコーンあれこれ

僕らの取水口より500メートル程の下ったところにある天然湧水プール。

誕生日の朝、行ってきました。

人は少なく、水は済んで気持ち良かった。

忍法カエル浮き。

ここは水深2メートル程。

この湧水より下流は水が涸れない。

***

それからぐっと下流に行って、国道2号線とラムタコーンが接する地点にラムタコーンカフェがある。

僕らは、こういうカプチーノの模様が未だに出来ない。

地面より10メートル位下にラムタコーンが清らかに流れていて、そこに涼しいカフェがある。僕らは、ここでコーヒーと朝食を摂った。

おそらく湧水がいくつかあるのだろう。下流に行く程、水量が増える。

一度、カヌーでラムタコーンを下ってみたい。

生贄を捧げた日2

昨日は大御所兄貴のいちご園にて、生贄を捧げる宴会に参加して来た。

但し、昨日の生贄は豚じゃなくて牛。

100kg以上ありそうな仔牛だった。

牛と言っても、タイで良く放牧されている耳が大きくて褐色の痩せ牛で、価格は8000バーツだったそうだ。

以下、かなりエグいがいくつか様子を紹介したい。

これが生贄の仔牛

屠殺の前に土地の精霊に祈ります。モン語なので何言っているのか全然分かりません。

大きな金槌で頭を打って、頭蓋骨を陥没させ意識不明にしてから、太刀で頸動脈を切って鮮血を受ける。

皮を剥ぐ。

内蔵の中で一番大きいのは胃袋。

内蔵を取り出すと、胴体部分に余り肉はない痩せ牛だ。

肝臓を取り出しているところ。

赤身と鮮血を混ぜ、包丁で良く叩いてラープを作る。牛のラープは豚のより美味。

香辛料をたっぷり入れて良く練って出来上がり。

日本では禁止されている肝臓の刺身。

コリコリでめっちゃ美味い。

出血性の毒性の強い腸内細菌が10%位の確率で肝臓から検出されるらしく、微量の細菌でも重大な食中毒になる恐れが排除出来ないそうで、ニホンでは禁止となったが、これ程美味いものは滅多にない。

僕は大昔に西表島でハブに噛まれて弱った牛から得た肝の刺身を食べたことが一度だけある。その旨さが忘れられず、昨日もたっぷり食べてしまった。

見た目は綺麗な肝臓だったが、生食すると出血性の下痢の他に、肝臓に寄生虫が付くこともあるので、お勧めは出来ない。

火を通せば大丈夫。屠殺直後、焼き立ての牛肉はめちゃくちゃ美味しい。

ステーキも沢山食べた。柔らかくて臭みのない美味しい肉だった。

先日の豚と今回の牛とで、冷凍庫は肉でいっぱいになった。当分、肉は買わなくても済みそう。

ところで、兄のいちご園は今年も不調だった。欲張って三ケ所開園したが、二箇所はお客さんが入らず、早々に開店休業になってしまった。残り一箇所もライバル農園に押されて売上は低迷。もう来年はワンナムキアオではやらないそうだ。但し、トマトを雨季にやるらしい。

5年前、この兄がワンナムキアオでいちご園を始めた。その時、マシュマロちゃんが手伝いに駆り出された。

4年前、僕らはその給料とノウハウで自分達のいちご園を持った。その時、妹さん夫婦が手伝いに来てくれた。

3年前、妹さん夫婦は僕らが払った給料と観光いちご狩り園のノウハウを持って、自分達のいちご園を開園した。僕らもカオヤイに2軒目の農園を開園した。

こんな風に兄からすべて始まり、今ではマシュマロちゃん家族以外にも多くのモン族によるいちご園が出来た。

5年前は、この地域では、いちご狩り自体が未だ珍しかったが、今ではかなり知られるようになり、お客さんの殆どがいちごを買いに来るのではなく、いちご狩りを楽しみに来るようになった。

そんなパイオニア的な兄が競争に負けて去ってゆくのは複雑な思いだ。

僕らは彼に50万バーツ超貸してあるので、出来るだけの支援と言うか恩返しはしたつもりだ。

兄には、別の場所でいちご狩り園を始めて成功するのを祈るばかりだ。

生贄を捧げた日

モン族には、昔の日本と同じような精霊信仰が根強く残っている。

大きな木や、土地や川にはそれぞれの精霊が宿っていて、彼らを怒らせないように気を使って暮らしている。

例えば、お酒やビール飲む時は、まず初めに少量のお酒を土にこぼす。それから自分が飲む。こうすることで、土地の精霊に真っ先にお酒を飲ませ、焼き餅を起こさせないようにする。

人生の重要な節目には、豚や鶏を大地に捧げる。

いちご園が終了する際に必ずやらなくてはいけないのが、土地の精霊に豊穣の感謝と来季の恵みを祈願する為に、豚の生贄を捧げることだ。これを怠ると、来季は災いが起きて大地の恵みは頂けないことになる。

そこで、今日カオヤイ農園にて、豚を捧げた。

生贄の豚ちゃんは、35kg級を3500バーツで農家から買ってきた。安いと思う。そのくらいの子供の豚ちゃんは、肉が柔らかくて美味い。体長1メートル位。

大規模養豚場ではなくて、庭で10~20頭位飼っている農家から直接仕入れる。糞尿にまみれて、余り衛生状態は良くないように見えるが、自然食の餌で健康そうな豚だ。肉は全く臭くない。

手足と口を縛ってから、首元から太刀を入れて心臓をさす。

そこから勢い良く流れ出る鮮血こそ、土地の精霊に授ける最も大切なもの。今回は、僕がその鮮血をステンレスのボールに受けた。

刺された豚は口から鮮血を勢いよく吐いたが、1分程で絶命した。

赤いゴミムシかハンミョウ、そしてハエが直ぐに集まって来る。

後で全身を開いた際に分かったことだが、思った通り、太刀は胸部大動脈と気道を切っていたが、心臓は無傷だった。もう少し深く刺さないと駄目だ。ただ、大動脈を切られて脳への血流がなくなるので、結果同程度の時間で絶命する。

この日のために、子供を含めて25名が集まった。

子供好きなマシュマロちゃんは、人の子供を取り上げておんぶ。

男は僕を含めて8名。僕以外の男達は、手際よく豚の体毛と皮膚を焼き、真皮を削ってから解体した。肺から直腸迄、全く内蔵を傷つけずに一気に取り出した。

肉を区分けして刻む者、内蔵を洗って食べられるようにする者、火を起こして肉を焼く者、見ていてビールを飲むだけの者(僕)など、誰の指示もないのに分業作業は捗る。

マシュマロちゃんの兄が僕に、この豚でどんな料理が食べたいか聞いてきたので、僕は大好物のラープと答えた。

モン族特有の生肉、生血料理で、一見危なそうだが、危なくなく実に美味なのだ。

使うのは、赤身、屠殺した時に受けた鮮血、30種類以上のハーブ、塩、味の素。それを良く混ぜて、茹でた肝臓や肉を加える。

赤身に鮮血を加え、徹底的にミンチにしてこねる。

ハーブや具を加えて出来上がり!

血も滴る美味しさ。野菜の葉の上に、適量を載せて、巻いて食らうのがスタイル。

全く血生臭くない。脂臭くもない。最高の味。豚を解体したその日じゃないと食べられない貴重な料理。日本は一日寝かせた肉しか食肉市場から出せないので、日本じゃ食べられない。

これを食べたことのある日本人は少ないのではないか。

尚、上は僕用に唐辛子を少な目にしたもの。1kg位僕用に取ってから、残りは皆さん用に唐辛子をたっぷり加えた。

彼らは、内蔵等、寄生虫の危険性がある部分は必ず火を通して食べる。だから、肝臓の刺身は食べない。

朝9時半に殺して、10時から、3時迄宴会。

連日の雷雨で、すっかり新緑になった裏山。

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サラリーマンはもう飽きた。気がつけば人生の残りも僅か。ここはひとつ、窮屈な日本を抜け出し、活力あるのにどこかゆる~いタイを舞台に、自分らしい第二の人生に旅立つことを決めてしまった50代親父。

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