日本では、色が白いのに甘い新イチゴが幾つか出来て、少しばかり流行っている。いちごは畑で完熟して真っ赤に染まってから収穫し出荷されるのが普通なので、日本の一般消費者には白いいちごは珍しい。
一方、タイでは、昔から白いいちごは普通に見られる。
流通の関係で、完熟してから収穫していたのでは店頭に並ぶことには傷んでしまうため、50-70%程度赤くなった時点で収穫して出荷するのが「常識」になっているのだが、ミャンマー辺りから来た日雇い労働者は50%未満でも見境なく収穫してしまうため、店頭に並ぶ頃にもまだ真っ白といういちごが沢山混ざる。
山の畑では朝に収穫して、それをサイズごとに分けてパン箱くらいの大きさのバスケットに詰め込まれる。それを仲買人が夕方までに買い集めて、バンコク等の主要卸問屋にピックアップトラックで10時間掛けて運ぶ。バンコクの問屋に到着するのは夜中の1時から2時半前後。到着すると待ち構えていたいちご販売業者がバスケット単位で買って行き、朝に売り物になるいちごだけを小分けしたパッケージに入れて販売するので、採取から店頭まで最短で24時間かかる。いちごは冷蔵しないかぎり、30℃の気温では3日しか持たないので、これがギリギリなのだ。
収穫時に50%くらい赤くなったいちごは店頭に置かれてから一日くらいで、ちょうどよく赤くなり、甘さも増すのだが、収穫時に真っ白ないちごは24時間たっても赤くならないし、甘くもならない。
よって、タイでは白いイチゴ=不味いイチゴとなる。
ただ、気温が高く冷蔵庫をあまり使わないタイ人にとって、すぐに食べる予定がない場合、例えば翌日おみやげに持って行くなどの場合は、真っ赤ないちごは買わず、敢えて50%くらい赤くなった半熟いちごを買ってゆくこともある。だから、日本では考えられないような半分以上白いいちごでもそれなりに売れてゆく。
しかし、カセサート大学フェアー中に仕入れたロットはひどいものがあった。
高いお金でジャンボサイズを買ったのに、運送保管状態が悪かったのか、赤いジャンボいちごの半分以上が傷んでいて、そのままでは売り物にならなかった。
「全部、傷んじゃってる。ひどいわ!」とマシュマロちゃんは嘆く。
しかも、バスケット内の最上段のイチゴはジャンボサイズだったが、その下の段は「大つぶ」サイズに「普通」サイズが混じった感じで、ジャンボとは言えないものだった。
騙されたわけだ。
「これの何処がジャンボなのよ。こんなの普通サイズじゃないの。私、ジャンボサイズの高いお金を払ったのよ。」マシュマロちゃんの機嫌は最悪となった。

写真では見難いが、全部部分的に傷んでいて廃棄するしかないイチゴ。
これが50%あったら元は取れない。
さらに悪いことには、白いいちごの割合が異常に高かった。
「なにこれ、白いのばっかりじゃない! こんなの誰が買いたいと思うわけ!? こんなの売れないわ。私達が頑張っても、これじゃお金を失うばかりだわ。」と言って彼女は泣き出してしまった。

「写真を撮って、お店にクレームを出そう」と僕は言って写した写真がこれ。
「写真なんかとっても何の役にも立たないわ」と彼女。
タイでクレームを出しても、私の責任じゃないとか言って逃げられるのは確実。騙されて買った者が泣き寝入りするしかない。

これがタイの白いいちご。
こんな状態で何故収穫、出荷するのか不可解というか非常識としか言いようがない。
あと2-3日待てば、おいしく赤く染まるのに。
沢山の通行人がいる中、マシュマロちゃんは声を出して泣き出してしまった。そのうちに彼女の感情は高まるばかりで、ついにはバスケットに入ったいちごを肘で叩きだした。そんなことをしたら、バスケット全体がダメになってしまう。
「やめろ!落ち着け!」そう言っても、彼女の興奮は止まず、ついには綺麗にパッケージしたいちごまで投げ捨てようとした。
僕は彼女の行動をすぐに止める必要があったので、彼女のおでこを拳骨で叩いて彼女を後ろに倒した。
「痛い、痛い、あなた私の頭を叩いた。わあ~ん」と更に大声で泣き出したので、フェアーに来ていた通行人が皆こちらを見た。
僕は彼女を抱きかかえて、
「マシュマロちゃん、どうか落ち着いてくれ。叩いたのは悪かった。ゴメンな。」
「あなた私の頭を叩いた。凄く痛かったわ。どうして頭を叩いたの。頭は危ないのに。」
頭はタイ人にとって神聖な場所で、気軽に触るのも良くないところなのに、拳骨で叩いてしまったので、彼女はそれがショックだった。
「すぐにいちごを叩くのを止めたかったんだ。頭叩いたのはごめんね。いちごは運が悪かったけど、二人で頑張って売れるだけ売ろう。」
そう言って暫く抱きかかえていると、彼女の興奮は収まった。女の行動は感情に大きく左右されるので、まずは感情をコントロールしなければ話は進まない。
「今日は儲けはないかもしれないけど、頑張って売って、少しでも赤字じゃないようにするしかないよ。マシュマロちゃんの気持ちは僕も分かるよ。悔しいけど、きっとなんとかなるよ。」
そのうちに新しいお客さんがいちごを買いに来たので、彼女は泣き顔のままお客の対応をした。
その次のバスケットも状態は決して良くなかったが、最初のものよりは少しましだった。
僕達は、想定した価格よりも半分くらいの値段にして、この悪いいちご6バスケット分をなんとか売った。
傷んだいちごは、傷んだ部分だけ切り取って、一口大に大きさに切り分けカップに入れて、「いますぐ食べられる25バーツ」として売ったら、学生などに好評で売り抜けることが出来た。
白いいちごは、結局白いまま廃棄処分となった。