2階の倉庫で不良在庫の整理をしていたら、マシュマロちゃんが青い顔して上がってきた。
「二人の男の人が来て、話がしたいと言ってます。」
「誰?どこの人?」
「説明が難しいけど、ビザの関係と言っているわ。」
下に降りてみると、普段着の男が二人ソファーに座って待っていた。挨拶をすると、首にぶら下げたネームカードにタイ警察イミグレーションと書いてあった。
こういうことが起こらないように袖の下を手配したはずなのに、いったいどういうことか?僕は一瞬めまいを感じたが、顔は笑って友好的に対応した。
「何か問題がありますか?」と聞いてみると、ビザ申請で提出した資料を見ながら、「扱っている製品は何か実際にみせてください」とか、「何時からこの仕事をやっているか?」など、いろいろ聞いてくる。
いわゆるイミグレ査察に入られたんだと認識した。そして、
「今ここに三人働いているが、もう一人の人はどこにいるんだ?」
と聞かれた。
「ああ、もう一人は今、営業に出ています。多分、この近くだと思うので、近くだったらすぐに戻ってくるように言ってみます。」そう言って、プーに電話をかけ、「今どこにいる?すぐに来てくれ。イミグレの人が会いたがっている。」と伝えた。
それと同時に、申請を外注した業者にすぐに来るように言った。
あいにく、その業者の社長は外出中でバンコクにはいなかったが、指示を出したのか、彼の会社のアカウント担当者が3人もやってきて、査察官が求める書類を用意し始めた。
30分ほどしてプーは来て、機関銃のように査察員と話しだした。日本人は人が良いだの、良い製品を扱っているだの、女がお金目当てに騙しに来るだの、一緒に日本にも行っただの、どうでも良さそうな話をべらべら喋っていた。
多くの人が審査官を取り囲み、僕を守ろうとしてくれたように感じた。
そのうち、プーは
「あら、もうお昼ね。まだ書類が終わらないから、とりあえずランチを食べに行きましょう。あなたこの方達にもご馳走してあげてよね。いいでしょう?」と僕に言う。
「私たちは構いませんよ」と審査官は訳の分からないことを言った。
そこで、近所の安タイ飯屋に連れて行くことにした。足元を見られたくないので、わざと貧素な食堂にしたのだ。
僕はしらばくれて、
「ここは近くて、安くて、美味しいし、エアコンが効いているから僕の一番お勧めです。やっぱりエアコンがないといけませんよね。さあ、何でもお好きなものを頼んでください。」とシャーシャーと言った。この店じゃ60バーツ以上のメニューなんかない。これ見よがせで、僕は自分用に一番安そうなカオ・パットを注文した。
食事中、プーは「この社長は女好きだけど、女に騙されてばかりいるのよ。」といった感じのことばかり話し続ける。なんとか場をリラックスさせ、いい友だちになるように仕向けているようだった。
そのうちに審査官は、
「ノンタブリにもいい女がいるところはあるよ。ベトナムやカンボジア人だけど、美人だしサービスもいい。」てなことを言い出した。
「そりゃ、イミグレの人が行けば、外国人はみんなサービスバッチリでしょう?」と、僕も悪乗りする。
「あら、じゃあ今度あなた連れて行ってもらいなさいよ。ねえ、今度この人をそのお店に連れて行って上げて下さる?」
「ああ、いいですよ。今度案内します。」と審査官。
僕は審査員にコーヒーまでご馳走して、一人あたり100Bの豪華な(?)昼食を提供した。
その結果かどうかは知らないが、昼食後の調書書きは和やかに進んだ。
審査官はアカウント会社の担当者に、いろいろと指示を出した。
「ここはこのように書いておいてください。いま、ここにいないOさんは、ここにいない理由をこう書いて社印とサインをもらってください。」
タイ語はあまり分からなったが、どうやら事情は理解した上で、問題ないように調書を作成しているようだった。
僕は時々顔を出して、
「大丈夫ですか?何か問題があったら私に言ってください。」と言ってみたが、
「心配ないです。問題ないので安心してください。」と審査官は言う。
どうやら、今回の査察は大事に至らず、無事パスしそうな雰囲気だ。
しかし、僕は興奮が収まらない。

外注した業者に、
「どうして彼らは来たんだ?こういうことがないように特別なお金を払ったんだ。今回は運良く大丈夫そうだったが、万一問題になったら取り返しがつかないんだぞ。分かってのか? どういうことか説明しろ!」
「心配かけてすまない。いろいろ社員からも聞いたが、大丈夫だから安心してください。」
「僕はイミグレでずっと業者と一緒にいたが、彼がお金を払うところを見ていない。本当は払ってないんじゃないのか?だから、査察に来られたんじゃないのか?そのお金をお前たちが着服しただけなんじゃないのか?」
僕のその質問には直ぐに回答が帰ってこずに、数時間後に返事が来た。
「ちゃんとお金ははらったことを確認した。しかし、ノンタブリの場合、そのお金が全員に回らないことがある。今回も査察の部門に回らなかった可能性がある。ただ、そのことは僕達がコントロールできることではないので分かってくれ。」
そう言われても、払ったのかどうかは何も証拠がない以上、確かめようがない。
翌朝、その担当官から、
「種類に不備があったのでまた来る。」との電話があった。
その情報はまたたく間に広まり、プーは審査官が本物かどうか電話で確認するから電話番号を教えろと言って来た。隣の女社長も、
「イミグレがこの街に来たことなんかないわよ。あんた騙されているんじゃないの? 悪い男がイミグレを名乗ってお金を取りに来る話をよく聞くから心配。ちゃんとイミグレの人かどうか確認したの?」
と興奮状態。
しかし、彼らが持っていた申請書のコピーは僕らが準備したものだった。
プーは電話でどのように確認したのか知らないが、「あの人達は本物の審査官だったわよ。今日書類を取りに来るけど、それだけだから心配ないわ。」と電話してきた。
二人の審査官は時間通りに来て、用意しておいた書類を手渡すと、ソファーに座ることもなく、
「これで大丈夫です。問題ないので安心してください。」
と言って帰っていった。
その後、彼らからの連絡はない。
不幸中の幸いだったが、怖い思いをした。
業者に頼んだお金の数倍以上を取られかねない一瞬だった。