ワーカーが帰って来て今期指導開始

6月2日に二家族のワーカーがタイ北部の田舎町から帰って来て、僕等との仕事を開始した。

既に居た二組の家族と併せて、計4組(成人男4人 成人女4人、ガキンチョ計6匹)。一組は、前記良く働いてくれた男が来れなくなったが、代わりにその兄貴家族が来てくれて、初日から大活躍してくれている。

ワンナムキアオのマシュマロいちご園を永久閉園して元住込みワーカー家族(胃のない胎児の家族)に譲った為、農園一箇所当たりのワーカー数は変わらない。

今期始めの仕事としては、カオヤイいちご園のウォーターシステムの幹線修理。今までとは道路の反対側に電線と配水管を移動する。横に5メートル位移動するだけだが、長さは400メートルあるし、今までの電柱が壊れて使えないので、全部の電柱を新設した。

排水管は土と枯れ草に覆われていて持ち上げることすら出来ない。

という訳で、男4人が2日間格闘して、やっと70%が出来たところ。

マシュマロちゃんから遅いと文句が来ているが、大変な作業なのだ。

これから、いちご園やフラワーパークのリノベーションが沢山あって、男達の仕事が忙しくなる。

僕も彼等に何をどうするか支持監督しないといけないので、割と忙しくなる。

だけど、何かを作ったり改良したりする仕事は、夢があって楽しい。

フラワーパークもいちご園も、沢山競合がある中で、僕たちのがナンバーワンになるというのが譲れない目標である。

スティングレーの皮のベルト

去年の年末のカオヤイカーボーイフェスで買った革ベルト。

スティングレーの革を手編みで作ったベルトでいい値段だった。

とても重いので今迄使ってなかったが、最近使い出したのだが、改めてすの革に関心した。

所謂鮫皮で、表面はとても硬い。

色んな物を削ったり磨いたりするのに鮫皮は使われる。

今度モルディブに行くと、多くのエイ(スティングレー)とサメが見られると思う。

一見滑らかそうな皮膚だが、表面はこんななので、触るとこちらの皮膚が剥げること必至。

マシュマロいちご園の永久閉園

3月末で、ワンナムキアオのマシュマロいちご園を閉園した。

もう来期はやらない。

代わりに、長いこと住込みワーカーとして働いてくれた[胃のない胎児]を持つ夫婦が独立して引継ぐことになった。

因みに、胃のない胎児だった男の子は大分元気に育って、2年分くらい小柄ながら、幼稚園に通うのが大好きな子供になった。

ワーカーの働きぶりについては必ずしも満足してなかったが、一番長く一緒に働いた仲間なので、引き継ぎに当たり、ショップや超立派な掘っ立て小屋や揚水ポンプ等の一切合切を15万バーツで譲るつもりだった。

だが、その15万バーツが高過ぎて払えないので引き継ぎ不要とのことだったので、ショップと掘っ立て小屋の使える金属部分やスマートボードなどを分解してカオヤイに持ってくる作業を4日間続けている。

ショップの柱は、まだ使えそうなので、そのまま残した。

鉄とコンクリートで作った掘っ立て小屋は、柱のコンクリートを除いて全て撤去した。鉄パイプを全て溶接で組んでいたので、溶接を剥がすのが大変で撤去に丸一日掛かった。

分解して持ってくる鉄の角パイプや屋根材は、新たに作るワーカー用の掘っ立て小屋の材料に使う予定だ。

しかし、いちご園迄の400メートル長の揚水塩ビパイプ、電線、深井戸ポンプは、全部で1万バーツで彼らに譲渡した。更に、トイレと物置部屋、並びにいちご園全体のウオーターシステムは、そのまま無償で彼らに譲ることにした。

ということで、8年前僕らが初めて始めたいちご園は、これで永久閉園となった。

マシュマロいちご園のファーサイというタイ名称はもう使わせない。

引継ぐ元ワーカー夫婦が上手く繁盛させられるかどうか気になるが、どうなろうがもう僕らとは関係ない。多分彼らは上手く行かない。

しかし、ここからマシュマロちゃんと僕らの営みが始まり、今の繁盛に繋がった訳だから、元ワーカー達にも成功して欲しい。

胃のない胎児だった男の子と母親の幸せそうな顔が見えますように。

今期終了ツアー

もうお客さんもいちごも少なくなってきたので、この期にワーカー達へのボーナスツアーを行った。

2泊3日の豪華旅行、一家族1.5万バーツ(約57000円)x 4家族だから僕らとしては大盤振る舞い。

目的は、今迄の労働に対する御礼として、彼らが経験したことのないことを経験して喜んで貰うこと。

とはいえ、行ったのは極めて近所のScenical Worldと隣接のホテル。カオヤイいちご園から1kmも離れていない。

また、全部で7家族いたうち、2家族は所用で先月末に帰って行き、1家族は泳げないし水着もないので留守番を選んだ。

残りの4家族も、喜んだのは子供達だけで、男親も女親も泳げないので子供用のプールにしか入らない。

肝心のスライダーは、男達は怖くて一度も挑戦出来ないどころか、近寄ることさえ躊躇った。

波の出るプールも一人を除いて入らなかった。

だから、全然楽しくなかったようだ。

本当の海に行っていたら、更に怖がったに違いない。

山岳民族で学校にプールがなかったといえ(タイの小学校、中学校でプールがあるのは極希)、男のくせにそんなに怯えることないのに。

オートバイでは山の斜面や泥濘でも平気で飛ばせるくせに。

山育ちのくせに高いとこが怖くて唇が青くなるのが不思議で理解不能。

水だけじゃない。遊園地の回転ブランコや、お子様でも楽しめる回転飛行機(言葉じゃ上手く表せない)も、子供達とマシュマロちゃんが楽しんだだけ。

動画はこちら

ちゃんとしたホテルの朝食バイキングでは、生野菜サラダ、トースト、クロワッサン、シリアル、コーヒー、ハム類、オムレツ等、国際的なメニューを見て、

「食ったことないし食いたくない。唐辛子もない。」と言って手を付けない。

タイ人用の雑炊(カオトム)やチャーハン(カオパット)を食べただけ。

つまり、新しい事を体験して楽しんで貰おうという僕らの意図は全く通しなかった。

正直、少々ムカついたが、楽しんで貰うことが目的なので無理を言っても仕方がない。

多分男達は楽しめなかったが、子供たちは凄く楽しめたらしいので良しとした。

それにしても、文化、習慣、風習のギャップは大きく、簡単には埋められないと痛感した。

そういう自分も、タイの唐辛子辛い食べ物は全部嫌いで食べられないので、偉そうなことは言えない。

ただ、人間には、新しいことにオープンで挑戦的な人と、やったことないことに警戒心が強く閉鎖的な人の2種類が居て、僕は後者の人とはあまり馬が合わないことが多い。

楽しんで貰えなくても、楽しん貰おうと思った僕らの気持ちが通じたのなら良いが、通じたかどうかかなり自信がない。

青の花園

もう暑過ぎて、お客さんが1日100 人しか来なくなった僕らのフラワーパークだが、花は一層美しくなって来た。

ブルーサルビアジャイアントという新種がとても美しい。

蜜蜂も嬉しそう。

遠くから見ると、青、ピンク、緑と層を成している。

イラン政府職員の糞

何処かの国の親子がカオヤイいちご園に来ていちご狩りをした。約2kg位穫って来てたが、そのうちの200バーツ分しか要らないと言った。

ワーカーがタイ語と英語で説明しても、通じないらしく困っていた。

そこにたまたま僕が居たので、英語で「摘んで来たいちごは全量購入してください。」と説明しても、そもそも英語が話せないらしい。そして、スマホのグーグル翻訳か何かを差し出して、「ここに英語で書いてくれ」と言うので上と同じことを書いて手渡すと、意味は分かったらしい。

しかし、「分かったけれども、全部で200バーツにまけてくれ」と言ってきた。1000 バーツ分くらいのいちごだったので、流石に200バーツには出来ない。何人かが行列で精算を待っていたので、そんなにまけたら他の人が怒る。

その場は何とか治まって払って貰ったが、直後に男が一人車から戻って来て、僕に向かって「話があるから、こっちへ来い。」と偉そうな態度で僕を店から誘い出した。

いちご畑に二人で行くと、男は写真付きの名刺を差し出した。英語の役職の意味がよく分からなかったが、イランの政府職員の偉いさんのようだった。

「俺はこういう者だ。分かるな? 俺はいちごの苗を国に持って帰りたい。一株100バーツで譲ってくれ。」

なあんだそういうことか。なにかやばい脅しを食らうのかと思ったので安心したが、同時に腹がたった。政府の役人だからまけろという理屈が気に入らない。それで、僕は答えた。

「僕は日本人だ。どこの国の政府の役人だろうが、値段は下げない。一株200バーツでなら売る。それ以下では売らない。」

自分の政治的地位を理由にまけさせようとする魂胆が気に入らない。

結局彼らは200バーツ払っていちご苗を買って行った。

イラン政府も中共と同レベルのチンピラヤクザ集団なのか。

いちごがいっぱい

今頃になっていちごの最盛期が始まった。

カオヤイのいちご園も、ワンナムキアオのマシュマロいちご園も、北海道フラワーパーク内のいちご畑も同様。

いちご園には、真っ赤に熟したいちごがいっぱい見えるし、いちごジャムのような強い香りが園内に立ち込める。

お客さんは皆大喜びで、殆どが1kg以上獲って来る。

山盛りの完熟いちごが直ぐに籠いっぱいになる。

糖度も高く。とっても甘い。甘いだけじゃなくて、酸っぱさもあるので、とても濃いいちごの味がする。

今期一番の量だけじゃなくて、一番の味となった。

お陰様でお客さんも多いが、もう3月なので期待よりも少ない。

やはり12月、1月にピークが来るようにしたいものだ。

多分、3月いっぱいはこの調子でたくさんのいちごがある。

ところで、先月、日本に2週間位帰国して、豪華な和風温泉旅館に3泊して個室で和懐石を楽しんだ。3泊で30万円位(人生初で且つ最後と思う)。

更に、マシュマロちゃんは、温かい服や靴を山程買い込んだ。

何しろ、一回のユニクロで8万円以上買ったのだ。ユニクロで8万なんて、僕は未だに信じられない。靴を入れるとその倍。

他にもお金をよく使ったので、2週間で交通費込で120万円位費やした。

おったまげの額だが、タイに戻って見ると、使ったお金の倍くらいの収入があったようで、貯金の総額は減らなかったから又驚いた。

有難い限りである。

マシュマロいちご園の終わりの始まり

2年前から、ワンナムキアオのファーサイことマシュマロいちご園を閉園したいと思っていたが、肝心のマシュマロちゃんが強力に反対したので、今迄続けてきた。

今はもうマシュマロいちご園の収益性は下がってしまって、二人のワーカーのマンパワーと給料、それから借地料や電気代等が無駄になっていたので、経営的には閉園するか権利を売却するのが正解だった。

しかし、マシュマロいちご園は僕らの最初のいちご園で、とても想い出深いし愛着もあって、マシュマロちゃんは手放したくなかったのだ。

その気持ちは分かるし、僕も愛着があったので、今迄続けてきた。

ところが、カオヤイのフラワーパークが忙しくて、1.5時間掛かるマシュマロいちご園迄はなかなか行けなくなってしまった。

マシュマロいちご園の売上の方も低迷して、平日は酷いときは1000 バーツも売れないことがあった。

完全に赤字である。

それで、遂にマシュマロちゃんも閉園に合意した。

4月までは続けて、5月以降ショップや住込みワーカーの掘っ立て小屋を解体して、使える鉄骨だけ残して、後は始末する。

7月に更地にして返すつもり。

なので、後数ヶ月使うだけになった。

この木を眺めるのももう最期か。

マシュマロいちご園は8年間やったことになる。

このいちご園のお陰で、僕はタイで暮すことが出来た。

マシュマロちゃんと一緒に、いろいろと新しい事を楽しみながら頑張って来れた。

助っ人に来ていた妹さん夫婦は次の年から自分たちのいちご園を持てたし、僕等はカオヤイのいちご園を持てた。去年迄一緒に働いた住込みワーカー夫婦も、今年から自分たちのいちご園を持つに至った。

だから、閉園してからも、時々訪ねるだろうと思う。

こんなショップなのに、当時は綺麗だと満足していた。

サンタクロースになるのも楽しかったが

いちご園の後ろがフラワーパークに:ならなかった。

カオヤイのいちご園の側方と後方の広い敷地に、新たにフラワーパークができる話を書いたが、事態が急変した。

先日、オーナーのエーさんから夕食の誘いがあり、「やっぱり来たか」と思ったが、どうも話が違った。

僕は彼のタイ語が上手く聞き取れないし、彼は僕のタイ語を聞き取れないので、細かいところは怪しいが、一緒に付いてきて貰ったマシュマロちゃんの義理の兄にも確認したので、大きな間違いはないと思う。

エーさんとオーストラリアに住む彼の妹さん。

彼の説明を要約するとこういうこと。

「俺は前方のいちご園以外の場所を彼に貸すことに同意した。しかし、後から彼はいちご園も全部使いたいと言ってきた。そうすれば賃料は増えるしフラワーパークの為にもその方が良いのは分かる。けれども、そういうことは俺はしたくない。今まで6~7年以上いちご園をやって貰って上手く行っているし、友情も培われた。それをぶち壊すようなことは俺の信条に合わない。お金の問題じゃない。だから、後方を貸す話も全部無しにした。後方は自分で果物でも植えるつもりだ。例えば、ラズベリーとか甘いパパイヤとかだ。」

いちご園の後ろがフラワーパークに

カオヤイいちご園の後ろ側、我らが水源の沢ラムタクローンまで約400メートルの藪。

いちご園の横に売るための大きな木が置いてある敷地を入れると約150メートルの幅の敷地。

グーグルアースで見ると下のようになる。

約3万9千平米のこの土地を、土地のオーナーのエーさんは何度も僕らに使って貰うように頼んだ。

フラワーパークにする案、キャンピングリゾートにする案等、色々と考えたが、やるのは問題点も多く資金や労力も足りないので、結局僕等は断った。

そうしているうちに、以前住んでいた借家の近くでフラワーパーク:その名もフラワービレッジを営み出した人が、その場所にフラワーパークを作る為借りたいとオーナーのエーさんに詰め寄った。

勿論、彼は僕らのいちご園にも退いて貰って、全部フラワーパークにしたかった。

振り返れば、エーさんの土地の価値を高めたのは僕らのいちご園だし、最近じゃ毎年28万バーツもの賃料を払っていて、コロナのロックダウンで経営不審だった彼らのホテルからの収入減を多少補っていた。

また、何度も飲み会をしたり、彼らの家族や客をいちご園に招いていちごをただで差し上げて、エーさんの顔を立てた。

そういう付き合いを透して、僕らの間には単に土地の貸主借主の関係以上の親しい関係が培われていた。

多分そのことと関係するが、オーナーのエーさんは僕らを追い出すことはせず、僕らのいちご園の後方と側方だけの土地をフラワーパークの為に貸すことにした。

それから、その敷地の藪を苅って綺麗にした。

その状態を動画にしてみた。

車窓からの撮影なので見難いが、どんな土地なのかはイメージし易いだろう。

https://youtu.be/zY6ZEhdtCWI

ここを借りた人はお金もフラワーパークの経験もあるので、多分素晴らしく綺麗なフラワーパークに仕上げると思う。

いちご園とフラワーパーク共存でどうなるのかは予想出来ないが、来年は風景がグッと変わるのは確かだろう。

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サラリーマンはもう飽きた。気がつけば人生の残りも僅か。ここはひとつ、窮屈な日本を抜け出し、活力あるのにどこかゆる~いタイを舞台に、自分らしい第二の人生に旅立つことを決めてしまった50代親父。

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