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クルマ運転してみた

医師からやってはいけないこととして、

飲酒、喫煙、コーヒー紅茶飲み等の他に、もう一つ

自動車、バイクの運転

というのがあった。

理由は皆同じで、まだ2%位の確率で痙攣発作が起きるかも知れないからだ。つまり、98%起こらないが、2%は起きるかもしれない。

痙攣発作が何故起こるのか分からないが、脳内出血の後遺症で、脳内出血量が多い程起こりやすいらしい。

僕の場合は出血量は多くなく、意識回復も早かった上に、事故後の回復が良好なので、「多分起こらないだろうが、絶対に起こらないとは言えない。」と言うことである。

痙攣発作は1~2分で終わるが、その間意識不明の全身痙攣になるので、クルマを運転していたら他人を巻き込む事故になりかねない。そんなことにはなりたくないので今日までクルマはご法度にしてきたが、この田舎でクルマが乗れないと不便で仕方がない。

自分としては、もう発作は起こらない気がしたので、ちょっと借家迄試しに乗ってみた。借家に置いてあるサンタクロースのビニール袋人形を取ってきたかったから。

結果は、普通に運転出来た。

しかし、危ない行為だったのかも。

いったい何時になれば発作の心配が無くなるんだろう。何時までも待ってられないし、医者には発作がなければもう行かないし、困ったなあ。

カオヤイ美術館のキモい絵画

先日、カオヤイにある無料の美術館(カオヤイミュージアム)に家族を連れて行ってきた。

そこで見つけた新しい(と思う)絵画で如何にもタイらしく気持の悪くのを見つけたので、写真に撮ってきた(美術館で写真を撮ってはいけないのは日本くらいで、ここでも写真自由。但し、ビデオは駄目)。

見れば見るほどタイ人らしく、見れば見るほど気持ち悪い。

ここの美術館は、キモい絵画や彫刻が多い。

しかし、仏教的で美しい美術品もある。

何しろタダというのがいい。その日は、中国系の人達で100人程いた。前回行ったときは、客は僕らだけだったのに。

カオヤイに来て何日も過ごすなら、一度は言ってみるのも良いだろう。

但し、気持ち悪い記憶が夢にまで出てくるかも。

胃のない胎児:術後の経過

住込みワーカーの子供のチュラローンコーン大学病院での手術は、予定よりも大分遅くなったが、一応成功したようである。

なのに、術後3ヶ月にもなるのに、未だ酸素吸入が欠かせない。

喉と食道と胃を繋げてたのに、未だにミルクさえ飲めない。

体重は、手術前と変わらず。と言うか6ヶ月前から増えてない。

この写真は先日僕がコラートのバンコク病院に行った際に、同じくコラートにあるマハラート病院に入院中のその子をお見舞に行った時のもの。

バンコクのチュラロンコーン病院での手術後、暫く経過を観ていたが、病院内に場所が無くなってコラートのマハラート病院に引っ越して来ていた。

足りない食道は、胃の一部を切って作った。

三回もお腹や喉を切り開いて確認したが、食道はちゃんと繋がっていた。

が、喉がいけない

その子は食道が無かっただけじゃなくて、気道も細かった。新たに作った食道に押されて気道が潰れて酸素吸入が必要になった。

よだれはもう口から垂れないので、口と胃はちゃんと繋がっているのだろうが、ミルクが喉に逆流した時にどうなるか分からないと言うことで、あと半年間口からの食事は禁止された。

チュラロンコーンの医療チームはとても良くやってくれたと思う。術後もすべて公費でやってくれているので、お金のないワーカーでも介護出来る。だが、術後経過は芳しいとはとても言えない。

けれども、幸い子供は熱も出ず、元気そうにしている。

母親は病院で子供と寝ているだけなので、体重が90キロまで増えてしまった。

そいうわけで、産後一年になろうというのに、母親は仕事が出来ない。恐らく、あと半年間は無理だろう。

僕らとしては困った問題だが、ここ迄来た以上、もう少し寛大に面倒を見るしかない。

考えてみれば、僕の事故よりも遥かに重く不幸な子供である。

医師と話していないので、術後の状況や今後の見通しについて知るところではないが、なんとか元気になって欲しいものだ。

三年目になる住込みワーカーは、初めての子が去年食道閉鎖症に方腎欠損症で産まれた。数ヶ月前に来たワーカーはE型劇症肝炎であっという間に死んでしまったし、僕は僕で事故に会って、産まれて初めて意識不明になったと言うことで、なんか良くないことが続いている気がする。

素晴らしき回復力!?

入院中はこんなだった。

足も腕も首も固められて、チンコまで導尿管を挿されて、体中が痛く、寝返りも出来ず、散々だった。

これは一般病棟に移ってからの写真で、ICUに居た時は記憶はないのだけれど、人工呼吸器に酸素吸入もされて意識朦朧だったそうだ。

だけど、1時間毎にマシュマロちゃんがICUの僕の耳元に来て、元気付けてくれたことは微かに覚えている。

それが、事故後3週間後には、足首の包帯以外は全部取れて、楽しく食事が出来るまでに回復した。

まだシャカシャカと歩いたり、重い物を持つことは出来ないが、ショップでのお客さん対応は出来るようになった。

これって素晴らしい回復力じゃないか? 良くぞ脳細胞が生き残ってくれた。

ただ、3週間もウデウデしていたので、足や腰の筋肉がかなり落ちた。(体重は落ちてない)

右肩の鎖骨が外れたままなので農作業は出来ないが、これから焦らず少しずつ身体を動かして、筋力を回復せねば。

まだ息子ちゃんは朝になっても起きず、このまま打ち止め予定終了になってしまうかも知れないのがちょっと怖い。

家族が来た

タイに来て、もう直ぐ7年になる今、始めて家族がタイの僕に会いに来た。

入院初期に、マシュマロちゃんが病院から病院の日本語通訳を使って電話したらしい。娘と日本でも会っていた千葉の起業家の女性も娘と連絡を取ってくれた。

死んでしまうかもしれないとか、一時的に良くなったとしても、今後状態が悪化してまた来ないといけなくなるかもしれないということで、まだ離婚してない妻と息子、娘の三人が揃って来た。

彼らは、タイに来るのは始めてだったし、三人で揃って旅行に行くのも初めてだった。三つの職場で休みを揃えるのに手間取り、当初の予定より一週間遅れた。

その間に僕のオツムも少し回復して、LINE等で話が出来て、死ぬようなことは無さそうと分かったが、以前から父親がタイでやってるいちご園を見てみたいと思ってそうだし、一度も会いに行かないのも変だということで、やって来た。

空港で会った時、僕が一人で歩き、割と普通に話せたので、少しビックリしたようだが、娘はそんな父親を見て嬉しそうだった。

僕としても、日本から見舞いに来てくれた家族に対し親父としての体裁が欲しかったので、全泊全食(ホテルに付いている朝食は除く)こっちで支払った。

涼しくて、花や実がいっぱいのカオヤイ、ワンナムキアオを満喫してもらった。

マシュマロちゃんやその親戚、住込みワーカー等と上手く楽しそうにやってるところも見てもらった。

やったことは、

2つのいちご園訪問

ゾウ乗り

タイの美味しい飯巡り

ちょっとリッチでハイソなホテル巡り

妹さん夫婦との会食

カオヤイ国立公園散策

ローカルな市場や、スーパー等の見学

カオヤイ美術館見学

パリオ見物

天然湧水泳ぎ

などなど。

泊まったホテルは、

Thames Valley

The Stay

Junble  house

Isaan Isan

の4泊5日(娘のみ1泊2日)

息子も娘も30超えで、孫までいたりするが、良い家族サービスが出来た。

僕の家族との写真なんか見せても仕方がないが、自分自身の思い出の為に掲載。

コーヒーも作ってご馳走した。

美味いと褒められた。

4人家族が揃うなんて、10年ぶりだった。4人で海外旅行なんて25年ぶりだ。

皆さん、タイが思ったより綺麗でハイソで涼しいことにビックリしていたし(タイじゃなくてカオヤイだけど)、ホテルも優雅でハイグレード、タイ飯も美味いと言うことで、結構気に入ったようで、また来るかも知れない。

子供達はもう大人なので、マシュマロちゃんとのことも応援してくれた。

無いお金がますます無くなったが、

「お金なんかいいの。あなたが思ったより元気で皆が楽しめたのなら。」

とマシュマロちゃん。

満員御礼のマシュマロいちご園

どういう訳か、ワンナムキアオのマシュマロいちご園(タイ語でファーサイと言う名前)が連日満員御礼だ。

自慢の白川郷風(似てないが)大屋根のショップは去年嵐で壊れたし、そこに行く道路は2年以上工事中で走りにくいので、今年は大幅な売上ダウンを予想していたのに、意外にもカオヤイよりも客の数が多い日が続いている。

今週末は、カオヤイよりも売り上げ高も多かった。

理由は、多分だが、マシュマロちゃんが大切に育てたバービナがお客さんに受けているんだと思う。

バービナとは、日本では普通バーベナという赤やピンクの話が咲く植物だが、僕らのはドイツから取り寄せた青紫色の小さな花が沢山咲く品種で、タイの高知の気候に良く合って、長く花が咲く。

こんな感じで、お客さんもここで写真を撮る。

バーベナ畑の後ろ側にいちご畑がある。

実のところ、僕は余り好きではない花だが、マシュマロちゃんは去年から気に入っていて、沢山育てた。

カオヤイ農園にも有って、全部で20000株位あるが、ワンナムキアオの方が綺麗に咲いている。

他の花も綺麗に育っている。

昨日は、僕が大分良くなったので、マシュマロちゃんはワンナムキアオの店に行って売り子を手伝ったのだが、一日中忙しくコーヒーやいちごシェークを作り、畑のいちごは全部採られて無くなってしまったそうな。

ワンナムキアオのマシュマロいちご園には、外国人は殆ど来ない。ほぼ全員タイ人で、外国人が多いカオヤイ農園とはかなり違う。

カオヤイは平日二人、土日は3人で売り子をしているが、ワンナムキアオは基本一人。無休で働いてくれていて、かなりお疲れの様なので、新たにもう一人売り子を探さないと行けない。

馬鹿になって、ちょっと幸せ

未だ肩は駄目だが、頭は大分良くなって来た気がする。そんな日々に感じることは、僕は案外幸せだということ。

僕は未だロクに仕事も出来ずに、ウダウダしているだけなのに、みんな良く働いてくれる。今のワーカーはなかなか良い。

また、今年は寒くなるのが早くて、お客さんも大勢来る。

お蔭で、多くの人から借りた僕の治療費も、あと2週間で返せそうだ。

僕が事故にあった時、多くの人が心配して見舞いに来てくれた。

マシュマロちゃんの親戚や友人は皆お金がないのに、なけなしのお金を僕の治療の為に貸してくれた(僕らは現金がなかったため)。

お金の問題や保険の使い方、警察とのやり取りなど、多くの点について、沢山の友人、知り合いが暖かく良い助言をくれた。ロイヤー紹介も3人もあった。

マシュマロちゃんは、事故後仕事を全部休んで、僕の看病や病院とのやり取りに専念した。お蔭で思ったより早く良くなった。

ナコンラチャシマーのバンコク病院の医師も、僕の脳みそが思った以上に早く良くなっていると言った。今後、痙攣発作が起きない限り、もう検査に来なくても良い言ってくれた。但し、暫くの間、アルコール類、コーヒー紅茶類、発酵製品類は食べてはいけないそうだ。勿論、煙草は厳禁。なんで僕の好きな物ばかり駄目なんだ? ただ、皆が心配してくれるので、僕も素直に従っている。

カオヤイのバンコク病院の人は、僕が最初パクチョンのバンコク病院に搬送された時に僕の腕や頭の応急処置をしてくれた人だが、昨日カオヤイのバンコク病院に行った時にその人再開した。その時、彼女はとても驚いて、「ハムケンさんって、あの時の患者さん? 良くここ迄治ったわね。私はもう駄目かと思ったのに。多分、死ぬと思ったのに、良くなって良かったわね。」 普通、病院関係人が患者さんに言う言葉じゃないが、僕の回復を喜んでくれた。

家族が心配してタイに来た訳だが、足や肩はともかく、僕が日本語の会話を昔と同じように出来て、かなりビックリしていた(ガッカリじゃないよ)。彼らも、多分重度の後遺症が出ると思っていたらしい。来てくれたお陰で、親父のタイでの生き方や、タイの自然を見てもらえて良かった。

事故で酷い目に合った訳だが、そのお陰で周りの人間達の暖かさを実感出来た。多くの人が僕を心配し、助けてくれていた。そんなことすら気付いていなかったんだ。

事故直後の写真

事故直後、隣のテーサバンから来た救急隊が撮った写真をもらったので、下に示す。

上部中央の頭から血が出ているのか自分。

目は開けていたが、応答はなかったらしい。

ベリーちゃんが心配して匂いを嗅いでいる。

乗ってみたいとも思った例の可愛い看護婦の漫画が書かれた救急車にマジで乗る羽目のなったと言う訳。

13歳のオートバイ運転手も怪我をして病院に行ったそうだ。

オートバイは二台並んで走っていたらしい。どうして僕は避けられなかったのだろうか?

僕の状態はパクチョンのバンコク病院では対応出来ず、コラートのバンコク病院迄搬送された。

病院では、一日20万円もするICUに入れられたそうだが、翌日意識が戻って別の個室病棟に移動出来た。

病院での最初の3日位の記憶があまりないが、一週間後にはもう退院したくなる程良くなって来た。

事故直後は、マシュマロちゃんが僕が死んでしまうと思って泣いたらしいが、お陰様で脳味噌の状態は大分回復して来たと思う。多分、少しお馬鹿になったが。

足と肩は未だ治ってないが、もう一人で歩けるようになった。

明日は日本から家族が来るので、カオヤイ、ワンナムキアオを案内してやろうと思っている。

ロイクラトーン2019

昨日は今年のロイクラトーンだった。

満月で死者が帰るようだったが、ロイクトーンは鐘楼流しに似ている。

今年も去年に引き続き、近所のワットターチャンの裏のラムたコーンに行った。

僕の頭と足が悪く、ゆらゆらとゆっくりしか歩けなかったが、マシュマロちゃんお手製のクラトーンを二つ流せた。

まるで健康体みたいだが、実はここ迄歩いて来るのにフラフラだった。

クラトンを流して思ったのは、あと20年位はなんとかして今回の様な怪我はしたくない。出来れば元気で笑って過ごしたいと言うこと。

誰もが思うことなんだろうけど、怪我をしてみて痛感した。

事故の医療費の問題

僕が事故にあった時、丁度今シーズンをオープンしたところで、日本から緊急で送り込んだ資金も使い果たし、今シーズンの収入もまだろくにないということで、僕のタイの銀行口座にも、マシュマロちゃんの口座にも、お金が殆どなかった。

マシュマロちゃんは、頭を痛めた僕の為には、良い病院に連れて行かないと行けないと判断して、ナコンラチャシマ市内のバンコク病院に救急車で運んで貰った。

そのお蔭で、まずまず丁寧な治療が受けられたと思うが、何しろ高い私立病院なので100万を有に超えるお金が掛かった。

勿論、当時そんなお金はなかったので、マシュマロちゃんは家族、親戚、友人、知り合いから、あちこちお金をたっぷり借りて支払ったのだそうだ。

そんなことも何も知らず、何も考えずに入院していた自分に呆れる。

これから、借りたお金は返却しなければならないが、お蔭で今季の収入はその分下がってしまいそうだ。

僕にぶつかった無免許運転の13歳は、親がお金を払いたくないらしく医療費の支払いに応じていない。マシュマロちゃんは、知り合いや警察や村の長老などとあちこち相談中だが、すでに先方の親が警察に手廻ししているらしく、なかなか難しいようである。

日本なら、13歳の無免許運転で歩行者とぶつかって怪我をさせて、逮捕もされず何もお金を払わないということはないだろう。

こういったところが、タイ社会の良くないところ、後進国なところだ。

払う気のない人たちを無理やり払わせるように手を回すと、恨みを買って後で何されるか分からないので、程々にしておこうと思っている。

それよりも、日本の健康保険、医療保険、クレジットカード保障などで、なんとかして日本からある程度のお金を得ることが出来ないか検討しているが、やっぱり事故で馬鹿になったのか、本来どういうルール、仕組みだったのか何も思い出せない。

何れにしても、マシュマロちゃんには随分世話になった。早く安心させて、以前と同じ状態に戻って彼女の為にも頑張れるようにならなくては。

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サラリーマンはもう飽きた。気がつけば人生の残りも僅か。ここはひとつ、窮屈な日本を抜け出し、活力あるのにどこかゆる~いタイを舞台に、自分らしい第二の人生に旅立つことを決めてしまった50代親父。

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