出生の秘密
これは僕にとっては秘密でも何でもないのだが、自分の父母にとっては大切な秘密だった。
僕には兄と姉が居るが、少し歳が離れている。姉は8歳年上で兄は5歳年上。姉も兄も、とても弟の面倒見が良かった。特に兄は、ハゼ釣りでもプラモデル作りでも、いつも一緒に遊んでくれた。メカニックやオーディオやアメリカンポップス、クラッシック音楽、それと弟を優しく守る兄貴心は兄から学んだ。
だから、兄と僕が腹違いの兄弟であることは、僕には何の意味もなかった。腹がどうであろうと、僕のお兄ちゃんは兄以外にはあり得なく、小学校の頃から、僕が偉くなってお金持ちになったら、絶対に兄ちゃんに1000万円か1億円をあげて恩返しをすると決めていた。それは遺憾にもまだ果たせてないが、まだ人生は終わってないので、それを果たせないまま終わるとは限らない。
母は、兄弟が腹違いであることをひた隠しにしていて、ある時味噌汁の具を切りながら、
「お姉さんとお兄さんのお母さんは、あんたのお母さんと違うとかなんとか誰かが言った?」
と振り向きもぜすに聞いてきたことがある。
「知ってるよ、母さん。姉ちゃんと兄ちゃんのお母さんは死んじゃったんでしょう?」
母の弟が酒に酔っ払った勢いで僕に話してくれたので僕は知っていた。
「誰がそんなことあんたに話したの? 誰? それ聞いてどう思った?」
「お母さん、僕のお母さんはお母さんだし、僕のお父さんはお父さんなんだから、僕にとっては兄ちゃんのお母さんのことなんか関係ないよ。」
味噌汁の具を切りながら、母が泣き崩れていたのを覚えている。
そんなどうでもいいことが、母には一生モノの秘密だったことの方が、僕には重く感じられた。
兄と姉の母、つまり父の前妻は、3人目の子供(次女)を身籠った時に、子宮がんであることが分かった。子供と子宮を全摘すれば命は助かるかも知れないと医者に言われたが、前妻は
「死んでもいいから、子供を残す。」と決めた。
丈夫な女の子を産み落としたが、病気で育てることは出来ず、子供に恵まれなかった前妻の姉夫婦に里子に出した。
産後、がんの手術を試みたが、腸間膜に無数の転移があって、そのまま腹を閉めただけで終わった。
里子に出された姉は、高校生になって始めてその事実を知り、その後数回僕の家を訪ねて来たことがあるが、
「私のお母さんは、私を育ててくてた今のお母さんだわ。」と言っていた。当たり前のことだと思った。
突然現れた僕の新しい姉は、凄い美人で見惚れるほどだった。その後、育ての親はアルツハイマー病でボケたが、姉は美容師として成功し、数件の美容院を営むようになった。
前妻を亡くした父は、盲腸から重度の腹膜炎になり、手足をベッド縛って痛くて暴れるのを押さえつけられて、無麻酔で緊急手術をした。猛烈に臭い膿が腹から溢れた。術後も化膿で何度か腹が割れた。
ドレインから溢れる臭い膿を毎日取り替えた看護婦が僕の母である。
第二の人生は、社会への貢献とか、世界を変えるとかいうような良くある成功者のビジョンとは異なり、単に自分の幸せの為に始めたものだが、僕を愛してくれた人達に恩返しが出来たらの幸いと思うこの頃である。もう一肌脱がなくては駄目だ。
- Related Entries
-
- ブラック校則 (Sep. 04 2019)
- 学校に行きたくない (Mar. 05 2019)
- 出生の秘密 (Aug. 07 2018)
- ASCO2018 (Jun. 12 2018)