非接触事故
用事を済ませて車で農園に帰る途中、買忘れた物を思い出して、近くの雑貨屋に入るためにハンドルを左に切った。
ウインカーも出さずに。後方も良く確認せずに。
すると後方でバシャーンとオートバイが倒れる音がした。
バックミラーを見ると、オートバイと女性が倒れていた。
僕の車に接触した感触も音もなかったので、一瞬自分とは関係ない事故と思ったが、状況から自分が事故の当事者の可能性が高いと感じて、車を降りて倒れた女性のところに駆けつけた。
女性は数カ所のかすり傷と打ち身で出血はほとんど無かった。
自分で起き上がって、
「あなた、方向指示器出さずに急に曲がったでしょう! 危ないじゃないですか!」 とカンカン。
僕はオートバイに気付かず、方向指示器も出さずにハンドルを左に切った。それで女性は驚き、避けようとしたところ、路肩の窪みにタイヤを取られ、転倒したようだった。
ホテルのガードマンや焼き鳥売りの男性も見ていて、集まってきて、彼女の主張を掩護した。
どう考えても僕が悪い。
幸い怪我は大したことがないようで、オートバイも大きな損傷は無さそうだったが、人身事故なのでヤバイことになったと感じた。
女性や見ていた人達の証言通り、自分の非を認め、深く誤り、警察と保険屋を呼ぼうとしたら、被害者の女性も、駆けつけた家族も、その必要はないという。
変だな、示談に持ち込んで高額を要求するつもりかもと思ったが、その時オートバイのナンバープレートがないのに気付いた。きっと未登録、無免許なんだろう、警察が入るとその辺りを突かれるのが面倒と感じたようだ。
こういう時は警察に入って貰いたかったが、僕もお店が忙しい土曜に長時間費やされるのが嫌だった。
僕らは電話番号だけ交換して、その場を離れた。
きっと後から治療費と修理代その他を請求してくるだろうが、それは僕が負担するのが筋だし、領収書も取れるからいいかと思った。万一、揉めるようだったら、それから警察に相談に行けば良いだろう。近所の交通警察には数人知り合いがいるので心強い。
数時間後、電話が入り、
「幾ら出してくれるんだ?」と聞いてきた。
一緒に働いてもらっているマシュマロちゃんの友人の助けも借りて、治療費と修理代の領収書と、IDカードと運転免許証を見せるように頼んだ。
電話では話をつけられないと言うので、その後事故現場に戻って、直談判することになった。
治療費の領収書はあって、1960バーツだったが、彼女の保険を使ったので彼女の負担分は無かった。
オートバイはまだ修理に出してないので分からないとのことだが、僕の目でまあ1000バーツを超えることはなさそうだった。
運転免許証は見せてくれたので、僕はその写真を撮った。
彼女の兄らしき男が、幾ら出すんだと脅すように言うので、
3000バーツで合意したい答えたら、それじゃ少ないとの態度。
実は店のタイ人から2000バーツ程度が相場と聞いていたので、4000迄ならその場で了解するつもりで4000バーツしか持って来てなかった。たくさん現金を持っていって良いことは何もない。
治療費を保険で治したなら、その分を出す必要はないので、オートバイの修理代と慰謝料で3000としたのだった。
男の方は納得せず、警察に行って話をつけようと言い出したが、事故当時警察に行きたくなかったのは彼らの方だし、もし警察が入れば、修理代程度の金額に減ることは分かっていたので、僕も警察に行くことに同意した。
ところが、女性が嫌がった。
タイ語でよくは分からなかったが、治療費は保険にしたから取れない。オートバイは書類が面倒で上手くいかないし、それ程修理にお金が掛からない、というようなことを言っていた(と思う)。
女性は、僕のせいで大変な迷惑を被ったということを分かって欲しいようだったので、その点は平に誤った。
「それであなた、その写真を何に使うのよ。どういうつもりか教えて。」
と聞くので、
「僕は被害者である貴方の名前も住所も知らないので、それをちゃんと知っておきたいのと、示談後に更に問題があったら警察に相談するために写真を撮った。」と説明した。嘘のない答えだ。
女性は何を恐れたのか、
「その写真を消してくれたら、もうそれでいい。治療費は保険だし、もうお金は要らない。」と言い出した。
どうやら、オートバイは男のものだったようで、男は修理代が欲しそうだった。
もともと、修理代は払うのが当然と思っていたし、タダでの示談は不安すぎるので、もう一度3000バーツで示談成立なら、直ぐに写真を消すと言って迫ったところ、女性の同意の勧めに男も渋渋同意した。
僕は3000バーツをお詫びと共に支払い、彼等の目の前で写真を消した。実は写真は消してもゴミ箱に移動するだけで、グーグルクラウドのサーバーからは60日間消されないことを知っていたが、知らんぷりをした。
彼らには僕の電話番号だけで、名前も住所も知らせてないし、もちろんパスポートなんか見せてない。
示談が成立したので、もう女性の電話番号はブロックした。
それにしても3000バーツとは随分安い示談金だ。僕が言うのも変だが、これじゃ当てられ損だ。
しかし、タイ人従業員は払い過ぎだと言う。沢山払っても感謝されることはなく、寧ろお金持ちと思われて、更なる請求が来る危険があるし、ケチり過ぎると向こうの腹の虫も収まらないだろうから、3000はまあほどほどのところなんだろう。
それにしても、危ないところだった。
あとちょっとで接触事故。下手すると大怪我。車も損傷。
これから運転にはもっと気をつけよう。
この事故のことはマシュマロちゃんには話していない。
なお、このテープは自動的に消滅する。