豚の生贄再び カオヤイ農園にて
マシュマロちゃんの兄の所で生贄は捧げたし、豚肉はまだ山ほど余っていたので、カオヤイ農園ではもうやらなくても良い、やりたくないと思っていたが、やはりそういう訳にはいかなかった。
「やるなら小さな子豚にしようよ。」と僕は言った。
「私は子供じゃないのよ。ちゃんとしきたり通りやらないでどうするの? あんた、意味が分かってないんだから、余計なこと言わずに黙ってて!」
そう言われて、酷く不愉快な朝だった。
モン族の精霊信仰も生贄も、日本人元エリートサラリーマンの俺の知ったことじゃない。出来れば、そんな残酷で無駄なことやりたくない。
ただ、彼女の文化を尊重して、已む無く寛容に従っているだけなのだ。それなのに、馬鹿にしたような口振りで気に食わない。
豚はワンナムキアオの個人で豚を飼っている農家に買いに行った。しかし、親父が不在。女将さんは勝手に売れないと言う。おやじさんがいるという所に車で探しに行ったが見つからない。
仕方なく別の農家を訊ねた。そこにはまだ2か月程度の体重35kgくらいの子豚しか売れる豚はいなかった。
連日の豚肉料理に皆さんげっそりしていたこともあり、
「これくらいで丁度いい!」ということになった。
38kg 2500バーツで購入。キロ当たり68バーツ。僕らが売るいちごよりずっと安い。
豚の耳を引っ掴んで、この鉄檻に入れる。あとはピックアップの荷台に載せて運ぶだけ。
カオヤイ農園では、バスケットとネムの木の枝で神棚を作った。
お茶をお供えし、お線香を炊いて、訳の分からない呪文を謳う。お茶でなくて、お酒でも良い。
地面に膝ま付いて、お祓いに使う白い短冊のようなものを燃やす。
日本の神道に似ている。
続いて、豚の足と口を縄で縛る。このときは、豚が死にものぐるいで暴れ、キーキーと恐怖の鳴き声をたてて怖かった。
この後、神様が怒ったのか、激しい雷雨になって一時中断。
約1時間後、雨は上がり、やっと生贄を捧げる時が来た。
身動き出来なくなった豚の喉にナタ包丁を入れ、そのまま心臓を突き刺す。
心臓からの鮮血をどんぶりで受ける。
上手く心臓に刺されば数分で絶命するはずだが、このときはなかなか死なず、長く意識があった。兄は、もう一度心臓を刺したが、肺か気管を傷つけたらしく、豚は咳き込み口からも血を吹いた。首の傷口からも血の泡が出た。
可哀想に子豚は死ぬ迄にかなり長いこと苦しんだ。土地の神様は満足しただろうか。
どんなに苦しんで死んでも、一度絶命してしまえば、もうただの肉の塊である。
毛と表皮を焼き取る為の火あぶりの刑に処しても、もう痛くも苦しくもない。
焼夷弾やパナーム弾で大火傷を負い、皮膚が剥けて垂れ下がった人の写真は見たことがあるが、豚も同じだった。皮膚と体毛は鎌で擦り取って綺麗に無くなった。
肉になった豚をカオヤイの借家に持ち込んで、宴会の始まりである。
今夜は、ちょっと洒落てバーベキューとトンカツがメインディッシュ。
超新鮮な豚肉は本当に美味しい。買ってきた肉とは大違いだ。
子豚だったが、それでも食べきれずに肉を山分けして持って帰ってもらった。僕の冷蔵庫は豚肉でいっぱいになった。
「だから子豚で良いと言っただろ!」
余った肉は煮込んでチャーシューにして見ようと思う。
古今東西いろんな神様が生贄を欲しがるが、ほんとに欲しがっているのかどうか疑問もある。死んで神様に会えたら聞いてみようと思う。