バンコクの心霊スポット

数日前のブログ「お寺めぐり」で、オンヌットにあるちょっと変わったお寺を紹介したが、その後このお寺にまつわる逸話が分かったので紹介します。

舞台はこの下の写真のお寺。なんとなく不気味な感じがするように、ピー(妖怪、悪霊)の話だった。それも、ピーの中でも最も恐ろしいとされるピー・プラーイ(難産で死亡した女性の霊)の話。

このお寺は、ワット・メーナークプラカノーン (วัดแม่นากพระโขนง) と呼ばれているが、正式な名前はワット・マハーブット (วัดมหาบุศย์) 。写真や場所は前のブログにを参照してください。

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 道理で不気味だと思った。参拝者が女性ばかりだったのも頷ける。

どうしてナンは僕をここに連れて行ったのだろう。

 

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ワット・メーナークというように、母ナークの悲しくて恐ろしい怪談。

タイ人はタイで実際にあった話と信じているが、どうももともとは中国の話しがタイに言い伝えられたというのが本当らしい。

話をウィキペディアの「プラカノーンのメー・ナーク」から抜粋すると、

話の舞台はチャクリー王朝初期である。主人公のナークは村長の娘で、恋人のマークは貧しくも働き者の男で、村長の庭師として働いていた。二人の恋は夜の営みを行うまでになったが、そのことを聞いた村長は娘を庭師から遠ざけるようになり、金持ちの中国人と娘の縁談を進めた。それを知ったナークは家出をしてマークと結婚した。

その後ナークは妊娠するが、時を同じくしてマークは徴兵される事となり村から出ることとなった。その際、親友のトゥイと老夫婦のター・ミー(ミーじいさん)とヤイ・マー(マーばあさん)にナークの面倒を見させる事となった。その間、ナークが産気づいたが、ター・ミーとヤー・マーの助産もむなしく、難産でおなかの子共々死亡した。ピー・プラーイになるのをおそれ、ター・ミーとヤー・マーはナークを手厚く葬った。

一方、兵役中のマークは戦場の駐屯地で夫への愛情と未練からピー・プラーイとなったナークとその赤ん坊と出会う。マークはナークに家を空けて来たことを叱った後、家族で一緒に夜を過ごしたが、朝になるとナークと赤ん坊は消えていた。それから長からずの時を経て兵役を終了したが、かえってトゥイと話したところ「ナークは死んだ」という。マークは「ナークと戦場で会っている」と主張して口論になった。

マークとトゥイがマークの家に行くと何事もなかったかのようにナークは家で仕事をしていた。マークはトゥイから「あれはピーで、のろい殺される」と忠告を受けたが、それを聞いたナークは反対に「トゥイは私とマークの間を割こうとしている」としてやり返した。

その後、しばらくナークとマークは一緒に過ごしていたが、ある日マークはナークが臼と杵で唐辛子を砕いているときに落ちた杵と取るために、尋常の人間ではできないほど長く手を伸ばし、縁側に腰掛けたまま杵を取り上げたのをみてびっくりし、ワット・マハーブットという寺院のお堂に駆け込み僧に助けを求めたが、僧達は経を唱えるのが精一杯で何もできずにいた。その間にもナークはどんどん凶暴になっていき、近づいた人を手当たり次第呪い殺していった。

その時、どこからともなくネーン・チウ(チウ少年僧)と呼ばれる高徳で霊感の高い少年僧が現れ、ナークを退治した。その骨は骨壺に収められ運河に投げ捨てられた。

 

一般に、心霊スポットとしてバンコク都民からは怖がられたり、興味本位で訪れたりされることがあるが、実際は、ナークが霊になってまで夫の留守番をしたという伝承から、出征前の軍人が留守の間に家に悪いことが起こらないようにと願う場所である。

 

タイ人は、ピー(心霊、悪霊)をものすごく怖がるけれど、ピーの話は大好きだ。最近までオンヌットに住んでいたモンに聞いてみたら、このお寺もメー・ナークの話もよく知っているとの事だったが、言葉の問題でとても僕には説明できないと言われていた。今、ストーリーが分かってスッキリした。

 

 

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ジャンル : 海外情報

筆が重い

僕ががブログを始めようと思ったのは、始めに書いたように、仕事を辞め一人バンコクで起業を目指して生活することを決めてからだ。今まで僕と関わりあってきた日本の友人、職場関係者の視野からは僕は遠く離れてしまう。そいうった人たちから僕が見えなくなってしまうのが、ちょっと寂しいと思ったからだった。それに加え、会社という生活の場がなくなったので、同じ志や趣味を持つ人達と新たに知り合う「場」を作ったほうがいいと思ったからだ。

他の多くのブロガー達がしているように、ネットの匿名性を利用して自分の顔や詳しいプロフィールを隠せば、安心して自分のやったこと思ったことを赤裸々に書ける。しかし、僕は敢えて顔出しを選んだ。どういう背景を持った人なのか分からない人間のブロクは、読んでも今ひとつ現実味がなく、どんな人が書いているのかもっと知りたいといつも思ってきたからだ。

このブログを読んでくれている人は、当たり前だが次の3つに分類できる。

1,僕のことを昔からよく知っている人

2,このブログの記事以外は僕のことを全く知らない人。

3.僕のことを少しだけ知っている人。

1と2は、当初から当然分かっていたことなので問題はないが、3がちょっと気になっている。正直、3に該当する人たちを想うと、自分のことを赤裸々に書くのに少し抵抗を感じるようになった。

もとより、このブログには僕の生活のすべてを書いているわけではないし、夜遊び、女性関係、起業案件等は、余り問題がなさそうなことしか書いていないだが(題材は山ほどあって、それを書けばもっと面白いブログになることは間違いないけど)、それでも3の人のことを思うと筆が重くなってしまう。最近ブログの更新が少ないのはそのためだ。

恥ずかしいとか、理解してもらえないだろうと思うからだが、それ以外に、自分のことを書けば当然僕の周りの僕以外の情報を開示することになり、それがどんな副作用をもたらすのか分からないのが怖いという理由もある。

例えば、チュラロンコーン大学のインテンシブ・タイの内容一つとっても、役に立つ人はいるかもしれないが、厳密には著作権を犯しているかもしれないし、間違った情報によって大学や同窓生に迷惑をかけてしまうこともありうる。

タイ人の友人のことについても、名前(あだ名)も記事も日本語のみの表示で、その友達の身近なタイ人には読まれないことを想定しているが、今ではグーグルトランスレーター等で記事をタイ語にも翻訳することが出来るわけで、何かの拍子で友人が記事の内容を知って、それが結果的にまずいことになることだってあり得る(これは実際にあった。今はその記事は削除した。)

すべての登場人物に事前に記事の内容を一つ一つすべて了解を取ってから書くなんてことは現実的には不可能だし、それをしなければいけないというなら、もうブログは書けないだろう。

 

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サラリーマンはもう飽きた。気がつけば人生の残りも僅か。ここはひとつ、窮屈な日本を抜け出し、活力あるのにどこかゆる~いタイを舞台に、自分らしい第二の人生に旅立つことを決めてしまった50代親父。

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