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シャムリアップ紀行:バンテアイ・スレイ 女の砦

バンテアイ・スレイ (Banteay Srei) は、女の砦という意味で、アンコールワットより古いが、「アンコール美術の至宝」とも言われる素晴らしいビンズー教の彫刻が残されている。

「東洋のモナリザ」と呼ばれるデヴァターの彫像もある。

アンコールワットに行くなら、是非ここも行くのをお勧めする。

ただ、ちょっと遠い。トゥクトゥクだと1時間半ほどかかる。

でも、途中の庶民の暮らしぶりを見ながら、コトコト揺られて行くのもまた楽し。

遠いけど、現地は妙に観光地として整備されている。

遺跡は小さいが、残っているレリーフが凄い。

他の遺跡と違って、ここの砂岩は赤い。

物語のようだが意味は分からない。

女砦を守るのはサルか?

東洋のモナリザ

何か良く分からないが肉弾戦。

この遺跡の側には、観光客の為のパネル展示室があり、発掘の様子、レリーフの説明、遺跡の石材由来等、説明があるので役に立つ。

シェムリアップ紀行:食えなかったシジミ

遺跡に行く途中の道端で売っていた貝。

一旦通り過ぎたトゥクトゥクをUターンさせて行ってみると、

タイでよく売っている赤い血のサルボウではなくて、シジミだった。

海の貝で生きていたのなら心配なく食べられるが、淡水の貝で死んでいるとなると、ちょっと怖い。

茹でてあれば美味しく食べられるが、貝殻は固く閉じていて茹でてはないようだ。

聞いてみると、塩と唐辛子を振って、こうして太陽の熱で半煮えにしているのだそうだ。

とにかく、約500グラム1.5ドルで買ってみた。

しかし、食べようと思っても貝殻が開かない。一つトゥクトゥク運ちゃんに開いて貰って、中身を見てみると、ベトベトな感じで匂いもきつかった。

せっかく食べようと思っても買ったものの、お腹を壊しそうだったので食べるのをやめて、トゥクトゥクの兄さんにあげてしまった。

シェムリアップ紀行:Banteay Srey Butterfly Center

10世紀に作られ、ジャヤーバルマン7世が1200年頃補修したと言われるSrah Srangという貯水池は何度も通った。

今でも水をたたえ、庶民の憩いの場所になっている。他の多くの貯水池は、泥で埋まって使えなくなっているのと対照的。

その貯水池の正面に、Banteay Kdei という素晴らしい遺跡がある。その遺跡の近くにBanteay Srey Butterfly Centerという蝶々センターがあったので行ってみた。ここはかなりマイナーな上、遺跡とは関係ないので、行ったことがない人が多いのでは?

とても長閑な田舎街。

観光客相手に売っているのは、パームの砂糖。

さて、本題の蝶センターは、そんな街にある。

なかなかいい写真でしょう?

サナギのコーナーもある。

羽化は高頻度で失敗するらしい。羽に体液が上手く回らないのだ。そんな蝶は跳べないので、見かけることはないが、厳しい現実を知ってしまった。

僕の指にウンチ吹っかけて、今まさに初飛行しようとする蝶。

僕は昆虫大好き。この施設のガイドは相当蝶々に詳しかった。

もちろん、幼虫コーナーもある。

という訳で、蝶々センターでした。

自転車が庶民の移動手段

バイク用のガソリン

ガソリンスタンドは殆ど見かけないが、オートバイ、トゥクトゥクはこのガソリン売りで充分便利。

お酒、飲み物、生活必需品はタイからの輸入品が多い。

シェムリアップ紀行:遺跡の岩ラテライト

アンコール遺跡群を訪れた人は、遺跡が主に二種類の岩で出来ていることに気付く。

一つは、骨格部分や基礎部分に多く使われる赤くて穴だらけの岩。

本当に空隙だらけ。まるで軽石みたいな火山岩に見えるが、アンコール遺跡群の近くに火山はない。それに、とても固くて重い。

この岩はラテライトという。ラテライトとは、イサーン大地を含むインドシナ半島を覆う赤い不毛な土のこと。日本にはない。

ウィキペディアでは、こんなふうに書かれている。

サバナや熱帯雨林に分布する。地表の風化物として生成された膠結物質(粒子間に鉱物が入り込み、それが接着作用をしたもの)である。雨季に有機質が微生物により分解することに加えて珪酸分や塩基類が溶脱したことにより残った鉄やアルミニウムなど金属元素の水酸化物が表面に集積して形成される。

構成鉱物は主に針鉄鉱、ギブス石、ダイアスポアなどで、インドシナ半島およびインド、キューバなどサバナ気候地方に広く分布している。やせ土なため農業には向いていないが、インドでは煉瓦をつくる原料に利用されている。

なにやら難しいが、要は石灰岩などが雨で侵食されて土になり、そこに水に溶けるものは溶け出し、残った重金属がくっつきあって岩になったもので、火成岩でも堆積岩でもない。穴だらけのくせにとても固くて重い。

どこかで見たような気がすると思っていたら、カオヤイの借家の庭に敷いてあった。

ラテライトは丈夫だけれど、穴だらけで表面はゴツゴツなので、彫刻には適さない。

もう一つは砂岩。

砂岩は風雨で削られ安い。人為的に剥がされる時は、多分火で熱せられて割られている。王や神の部分は黒く焦げていることが多い。

遺跡の城壁や塔の骨格部分はラテライトを積み上げて作られていて、その表面に彫刻された砂岩で覆う感じだ。

城壁や参道などは、ラテライトのブロックだけのところも多い。

このラテライトも砂岩も、アンコール遺跡の北東の丘陵地帯から運ばれて来たらしいが、こんなにたくさんどうやって持って来たのか不思議だ。こんな重い物を運ぶなんて、辛い仕事だったに違いない。

今ならコンクリートで作るんだろうけど、もしもアンコール遺跡がコンクリートで作られていたなら、熱帯モンスーン気候のカンボジアでは、見る陰もなく溶けて壊れていただろう。

シェムリアップ紀行:ラピュタとトゥームレイダーその1

アンコールトムのバイヨン遺跡も良かったが、僕が最も興味深かったのは、アンコールトムの直ぐ北側にあるプリヤ・カーン (Preah Khan) と東側にあるタ・プロームTa Prohm )だった。最も偉大な王として知られるジャヤーバルマン7世の、それぞれ父親と母親を祀ったところ。

天空の城ラピュタのモデルはベンメリア遺跡という説が有力だが、プリヤカーンとタプロームも十分にそのイメージを醸し出している。

タプローム遺跡は、実際にトゥームレイダーの映画の撮影に使われた。小さな女の子が遺跡の窓に現れては消える魔界のシーンだ。なので、人気絶大で某大陸からの団体様で何時もごった返していた。人気なので、修復作業中のところが多く、行けないところが多かった。

プリヤカーンは、アンコールワットに迫る敷地の広さがあるが、修復は余り進んでなく、タプローム同じく大きな木が遺跡を覆うように生えていて、神秘的だった。

が、僕を一番惹きつけたのは、そのレリーフとリンテル。

先ずは、プリヤカーンから。現地語では、プラカーンと聞こえた。

ここが外門。ナーガが凄い。

建物は大きくはない。

ここのナーガは凄い タイだと7つの首を持った大蛇多いが、これは何だろう。

まぐさ石もよく残っていた。

新しく彫られたような深くて美しいまぐさ石だが割れているところからオリジナルかも。

アプサラは天女であり、踊り子でもある。アプサラは発音から阿修羅のことかと思ったら、阿修羅が乳海撹拌で生まれた水の精、天女だった。

まぐさ石の中央は神格化された王である場合が多く、殆どのまぐさ石で後日征服者から削られているが、残っている物もある。

こんなの良く残っていたもんだ。アンコール博物館にもあった。意味は分からないが、きっと王様と妃。

危険なところが多いからか、レリーフの盗難が多いからか、遺跡監視員が何人もいた。彼らの一人にツーショットを撮って貰った。

落っこちたままのまぐさ石。

砂岩の色から修復のようでもあるが、大きく欠けているから、やっぱりオリジナルだろうか。

壁の上に根付いた木がこんなになった。

これがアプサラの踊り。こんな踊り観たことない。楽しそうだが、すごく変。このポーズのアプサラのお土産が人気。

凄い巨木。樹齢は400年とか。

巨木は遺跡を破壊しているという説と倒壊から守っているという説がある。

素晴らしい過ぎる。

シェムリアップ紀行:微笑みの無い国

どの遺跡に行っても、小さな子供がお土産品を売りに来て煩い。

娘さん達は、衣服やスカーフ売りに忙しい。

彼らの売り言葉に少しでも返事すると、寄って集って売りつけに来る。

皆、感心するほど英語の発音は良い。タイ人よりずっと良い。英語だけじゃなく、大抵日本語、中国語でも売れる。

しかし、全く笑顔が無い。遠慮も何も無く、観光客が要らないと振り払ってもなかなか諦めてくれず、いつまでも付いてくる。

日本人だと分かると、「お兄さん、かわいい。これ買って。一つ2ドル、3つで5ドル。奥さんにプレゼントね。」なんて、10歳にも充たない子が話す。

マシュマロちゃんは切れかけて、

「何で学校も行かずに売ってるの。学校行って勉強しないの!?」

学校は午前と午後に分かれているらしく、だから何時も子供達がいる。

少し買って生活費の足しにしてあげようと思わないでもないが、あまりのしつこさと無愛想さに嫌気が差した。

きっと 必死なのだろう。

彼らが笑顔を見せることは滅多にない。

写真を撮れば、「写真1枚1ドル!」と言って手を差し出す。

無視するのが一番。

大人たちも同じ。観光客から出来るだけ多くぼったくることしか考えてない。油断すると、お土産屋もトゥクトゥクも倍以上の値段を言ってくる。水でさえ、0.2ドルのものが1.5~2.0ドルになる。

トンレサップ湖では、ボート代一人20ドル。値段は切符にも案内板にも書いてなく、いくらぼられたのか分からない。

ガイドが、「ビールは好きか? 好きなら住民価格で安く買えるから買ってきてあげる。僕がサービスするからお金要らない。」とか言って、缶ビールを6本も買って来た。僕が1缶飲む間に、ガイドは2缶、船の操縦士が1缶飲んでおいて、下船のときチップを要求、断るとビール代を寄こせと言ってきた。

彼らにビール代を払わせるのは気の毒なので、5ドルをビール代として払って、残りのビールは頂いてきた。

こう言う行為で観光客がげんなりすることなど気にしない様子。

感じ悪い。

カンボジアは暗い歴史を反映してか、微笑みの無い国だと思った。

トライポフォビアと蓮の実

トンレサップ湖に行ったとき、綺麗な蓮園があった。

そこで蓮の実を撮ってきた。

蓮の実を見て、凡そ16%の人が、気持ち悪い、怖いと感じるらしく、その症状をトライポフォビアと言う。

食べると美味しい蓮の実。道端で売られていた。

でも見方によっては気持ち悪い。多分、何かの幼虫が皮膚に繁殖した感じがするからじゃないだろうか。

と言うのは、以前僕の足が穴だらけになった時、とても気持ち悪く感じた。

この感じと似てる。平坦であるはずの所に、深い穴が並ぶのは異常だ。

だんだん怖くなる。

上の2つは多分コラージュだが、気持ち悪い。

部屋代より高い洗濯代

僕たちがシェムリアップで泊まった二番目のホテル。ベッドもバスルームも朝食も申し分ない。

ただ、遺跡巡りで汗だくになった服や下着をランドリーサービスに出して驚いた。面倒くさくて、何が何枚で幾らというリストも書かず、「これ洗っといて」と言って出して僕も悪いのだが、洗濯代が高過ぎるのだ。

合計で67.5ドルのところ、50%特別価格で38.89ドル!

靴下はタイで5足100バーツで買ったもの。つまり一足20バーツ、約35セントの物の洗濯代が75セント。女物のパンティー3つで100バーツ、一着1ドルの洗濯代が1.5ドル。

何なんだこの価格は!?

全部新しく買った方が安いんじゃないのか?

タイじゃローカルな洗濯屋に出せば全部で200バーツくらいなので、カンボジアなら更に安いだろうと油断したのが悪かった。

もしも50%特別割引がなかったら、部屋代よりも高くなるところだった。とにかく、その日の最高額出費となった。

シェムリアップ紀行:アンコールトム

アンコールトムは深い森の中にあった。

直径が1.5メートルはあろうかと思われる巨木がそびえ立ち、遺跡覆っていた。

アンコールトムは、一つの寺院ではなくて、1辺3キロの正方形状のお堀と城壁に囲まれた都市遺跡で、その中にいくつもの寺院などの遺跡がある。

因みに、アンコールワットのことをタイ人はナコンワットと呼ぶ。ナコンとは、ナコンラチャシマやクルンテープマハナコンのナコンで大きいという意味。アンコールもクメール語で大きいの意味。

だから、アンコールワットは大寺院、アンコールトムは大都市の意味。

これはアンコールワットのお堀。アンコールトムのはもっとでかい。

アンコールトムの南大門

ここを通り抜けて1.5km程行った所に、アンコールトムの中心にある有名なバイヨン寺院がある。

何が有名かと言えば、この顔である。分厚い唇に優しげな面影。観世菩薩の顔らしいが、それにしては唇が違い過ぎる。

この寺院はヒンズー教よりも仏教がメインの寺院と言うことになっている。

この顔は塔の4面にあるので、全部で4つと思っていたら、塔が無数にあって、数えてないが顔は100位ありそうだった。

顔はもう良いので、例によってレリーフ、まぐさ石(リンテルというらしい)を撮りまくって来た。アンコールワットのより、楽しげで、俗世的だ。

この踊りの真似をしようとしたが老人には無理。まるで曲芸だ。

マンコがこっそり描かれている気がするのは僕だけか?

何やら戦の様だ。

楽しい魚採りかな?

ハムケン博士が調査中

転がっていたナーガの顔か?

中央上の一番偉い人の像は、この遺跡に限らず何処も人為的に削り取られている。

人の階層を表しているのかな?

この他、アンコールトム内にはいくつかの遺跡があって、脚が棒になった。

その中で、ゾウのテラスというところの彫刻が良く修復されていた。

何やら戦のよう。

物語が描かれているらしいが、ガイドを付けなかったので、意味は分からず仕舞い。

やっぱり歴史に詳しい日本語ガイドを付ければ良かったかな? 1日45ドルもするけど。

シェムリアップ紀行:アンコールワットのレリーフ

夕陽は不発に終わったので、第二日目はアンコールワットの日の出に挑戦した。

朝、4時半起きで、5時に出発、5時半頃日の出スポットに着いたが、既に人でいっぱい。日本人と白人の割合が高く、何時も邪魔な中国人は不思議と少なかった。中国人団体が押し寄せて来たのは朝8時過ぎてから。

皆さん、朝日に映えるアンコールワットが手前の池に映るという絵が欲しいが、その為のベストポジションは僅かで、最前列は既に埋まっていた。水も僅かしかない。絵葉書みたいな写真を写したいマシュマロちゃんは不機嫌。

おまけに、日の出の方向に雲があって、日の出の時間を過ぎても、オレンジ色の陽は刺して来なかった。

結局、これが1番の出来に終わった。

諦めて、アンコールワット内を観に行った。

アンコールワットの外観写真はネットに幾らでもあるので、僕はまぐさ石や壁に彫られたレリーフを撮りまくった。そこに興味があるから。アンコールワットの外観自体は、ピマーイその他の遺跡で見慣れていたし、規模そのものも大きいながら、思ったより大きくなく、建物全体からは強い印象は得られなかった。レリーフの方は、そこに当時の宗教、思想、芸術性、生活感が刻まれていて、遺跡ごとに比べて観るのが面白そうだ。

けしからん中華系の落書きと思いきや、なんと年代は1905年。世界遺産登録が1992年というから、落書きというより冒険家の記念碑か。修復後も残されている。

色が白っぽい砂岩の彫刻は、修復後の物だろう。

髪が長くて胸ポッコリの踊り子が至る所に彫られている。全部で1200体以上で、どれ一つとして同じものは無いそうだ。ヒンズー教らしいエロっぽいレリーフもほとんど無い。

同じ物は無いと言っても、パターンは多くない。

どれも余り楽しそうではない。王の力を誇示するレリーフが多いように感じた。

朝、6時半から9時頃まで、写真をあっちこっちで撮りまくって、すっかり疲れた僕らは、ホテルに戻って朝食を摂り、それからお昼過ぎまでベッドに横たわって休んだ。

午後は、1時からアンコールトムに出かけた。

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ハムケン

Author:ハムケン
サラリーマンはもう飽きた。気がつけば人生の残りも僅か。ここはひとつ、窮屈な日本を抜け出し、活力あるのにどこかゆる~いタイを舞台に、自分らしい第二の人生に旅立つことを決めてしまった50代親父。

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